小さい頃から、不思議な事に目がなかった。
ファンタジー映画は好きだったし、能力のある方が人物や土地を霊視したりして、見えたり聞こえたりした事をお話してるのを、どんな話が聞けるのか、くぎ付けで楽しんでた。
私には霊感というものはないと思ってる。
子どもの頃…今も、かもしれないが、霊感的な能力があってほしいと思ってる部分があった。
でも、「無い」と決めつけると、もしかしたら「有る」のかもしれないのに、可能性を狭める事はもったいないので、ココはあえて、どちらかに偏るのはやめておくとする。
実際、自分の身に起きた不思議な話はあるけれど、それを人に話すと、「思い込みの激しい人」とか、「かまってちゃん」「顕示欲が強い人」などと、自分が認識されるんじゃないかという懸念がふくらんでいき、話したいのに、話したくない葛藤が始まり、躊躇し、話さずに終わる。
それは、誰かがした話に対して、自分がそういう認識をした過去があり、経験上、話し手によるとは思うが、これからも、そんな認識する可能性があるからだと思う。
自分の話は受け入れてほしくて、信じられない人の話は受け付けないなんて、身勝手にもほどがある、とは分かってるのです。
誰かと分かち合いたいとも思ってるのも、また事実です。
そして例えば、誰かの不思議エピソードを聞いたとして、「思い込みの激しい人」と思ったとして、でも、「そんな事思ってませんよ〜」風を装い、会話を続けるとすると、寒気🥶がして、全身の毛が逆立って🐡、居心地がとても悪くなる。嘘がつけない体の作りになってるんですね〜、私は。
現実の私と、このブログの中の私とが、一致すると、現実世界の私の周りの方は、ギャップに驚くのではないかと思っているが、それもただの自意識過剰かもしれない、とも思う。
「変な人」と言えるほどの「変な人」でもない。
中途半端。どこにでも居るようで一人だけ。
霊感とかないし、なにかが突出して優れているという事がない私が、色んな感情を感じながら、今まで生きてきて生きていて、そんな人(私)もいるんだな、と感じてもらうことで、誰かの気持ちが少しでも軽くなれたり、楽になれたりして、そういう存在になれたら、それが私のできる事なのかな〜と思っています。
おわり🦄