日本では、明治時代の終わりに大阪の箕面市でコーヒーを提供する
「カフェー・パウリスタ」が開店した。
また、同時期 、銀座にカフェー・プランタンが開業した。
パリのカフェのような芸術家の集まるサロンを目指したが、
本場のカフェでは男性が給仕をするのに対し、プランタンでは女給を置いた。
これが評判になり、その後のカフェーといえば、
社交喫茶など風俗営業の業態に変質していった。
(→カフェー (風俗営業)の現在ではほぼ喫茶店等飲食のできる、
カフェバー、インターネットカフェ、オープンカフェなどのような
業種の総称として使われている。