過去 | aceのブログ

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2012年 春に美容院 FUGA hairをOpenしました!

バタバタ奮闘中

今 ある 全ては 時間が 経てば 過去のモノに なります。


理屈じゃないんです


それは 絶対的な ルールであり

避ける事が 出来ません


過去が あって


現在が あって


未来が ある



でも それは 時間軸の 話し



















…。

記憶ってさ


最近あった 楽しい 事が 随分前の 出来事のように

随分前の 悲しい出来事が 最近の 事のように

そんな 風に 感じる事が あるじゃないはてなマーク





あくまでも 俺の 考え方だけど



楽しい・嬉しい などの 幸せな 思い出よりも


悲しい・淋しい・怖い など 不幸せな 思い出の方が


過去としての 思い出に なりずらいと 思うんだよね。





ようするに


過去を 過去と 認めたくない 出来事って



その ほとんどが 自分にとって 不幸せな出来事 だったり するんだよね。




さらに 言うなら


その 不幸せな 出来事って


なにかしらの 心の痛みを 伴う 出来事 なんだよね。





そして それらのモノは



時間と 共に 思い出される事は 減ってきても


音楽や、匂いなど


5感が 受け取る 刺激と 共に


切なさや、虚しさ などの 感情を伴って 思い出される。





だから 今でも

悔しいし

悲しいし

涙が 出る





それは 思い出と 自分自身を《過去》 というくくりで 客観視 出来て いないから

まだ 過去の事だと 認めたくないから














…。

先日


部屋を 掃除 していたら 昔の写真が 出てきました


その時の 情景、詳細が 感情と共に 鮮明に 浮かんできました


その 感情は やはり 自分にとって 良い 感情ではなく


その 感情を 起こしてしまった 自分自身が また 悔しく





まだ

俺の 記憶は 過去の事に なりきって いないんだな

そう 自覚しました。
















…。


誰にだって 人に 話したくない 出来事の 1つや 2つ あると 思います。



でも 第3者に 喋らないと 言う事は



最終的に その 出来事を 消化するのは自分以外の 何者でも ないんです



その 出来事を 過去のモノに するか どうかは 自分次第 なんです。





喋りたくなきゃ 喋らないで 良いんです。

沢山 悩んで

抱え込んで

もがいて下さい





周りの人間は 理由は 解らなくとも 苦しんでる事は 知っています。


人が 困っていたら。


手を 差し伸べて あげるでしょうはてなマーク


手を 差し伸べて くれるでしょうはてなマーク


理由なんか どうでも 良いんです。



《困っている》事が 重要なんです。


《苦しんでる》事が 重要なんです。















…。



不器用である事が 悪い事だとは 思えません。



俺は まだまだ ガキだけど。



ガキにしか 見えないモノも あるんじゃないかと 思います。







おしまい