去年のディオといい今日のゲイリーといい…





なんで俺が休みで開放的になれる日に俺の大好きなレジェンド達の訃報を知ってうちのめされなきゃいけないんだよ





一日中悲しみにくれて
そんな想いで明日からも心のどこかで
「あぁ…もうライヴ観れないし生であのギターも堪能出来ないんだぁ…」って感じ続ける事だろうな…
















最近
っちゅうかいつもふと心のどこかで…
「願いが叶うなら大切なひと達生き返ってくれないかなー」ってよく想います




























幼稚だったり稚拙な考えとか
仏法がどうのこうのとか万物の流れや自然の摂理に反しているとかどうとか
故人に対して哀れむ気持ちが足りないだの自分本意な考えだの…
もうそういう思想もあわせてよく考えた上でも
本気でそう想うんだから
しかたねーだろ







なんなら
この脳内がガキのまんまでいい








話がしたいし
触れたいし
抱きしめたい






現に夢の中におばあちゃんが出てきた時は
抱きしめてわんわん泣いたし(その後涙でぐしゃぐしゃになりながら目がさめた)










自分は
生活していて日々生きながらその人に対してこんな想いでいる事を伝えたいし
安心感を共有したい
純粋に










そのためにも
出来る限りお墓参りには行って線香あげて心を浄化しているし
その時もお経とかよく知らないし「なみあぶだぶつ」がどうのとかイマイチピンとこないから
心の中で語りかけているようにしている





近況とか「安心していて」的な事とか







迎えに来られるのはタマッたモンじゃないけど
いつも感謝の気持ちでいる事を相手にも
そして自分の気持ちの中にも「小さな確認」のために心の平穏を維持しています


















ひとの死に対してあまり深くのめり込んで考えたりせず
生前そのひととの事を思い返すだけでもとても善い事だって聞くし
大切な事を汲み取りながら生きてゆきたいです




今日もまた一つ学んだと想います