今回は「幸せ」について思ったことを書いていきたいと思う







不快に感じる表現や偏見、思い込みが出てくるので、苦手な方は読まなくてもいいです







では、












幸せって一概に言ってしまうと、どういうものか漠然とし過ぎてわかりにくい







では人はどのような時に幸せという言葉を当てはめるのだろうか







子供が産まれた日

彼女といる時間

お茶をしている時

仕事をしている時

趣味のことをしている時







人によっていろいろだが、俺がぱっと思い付くのはこれくらい







幸せにもパターンがあるように思える







ゆったりとした心の落ち着きからくる幸せ

テンションが最高潮に達し、跳び跳ねたくなるような幸せ

待ち遠しい時のもどかしい幸せ







これは全部幸せだと思う







俺は幸せは自分にとって気分の良いことがあると感じるのだと思っている







しかし、例えば野球で強豪に試合で買ったとする


それを勝ったチームは幸せと言うだろうか?感じるのだろうか??


否、その場で幸せという言葉を使うのは変だろう








「よっしゃー!、強豪に勝ったぞ!!めっちゃ幸せやわ」

なんて言わないだろう


「よっしゃー!強豪に勝ったぞ!!めっちゃ嬉しい」


このほうが自然だろう


では俺の考えは漠然とし過ぎていたようだ





ただ単に


自分にとって気分の良いこと=幸せ


ではないことがわかった







今さら言ってはなんだが、感情なんて突発的に発生するものだからいちいち考えていても答えは出ない気がする


というより答えなどないのだろう







幸せは考えてできるものではなく、幸せだから感じるものかと思った


あまり納得がいかないが、言葉にできなかったのでしょうがないことにしておく



次に「幸せ」の漢字は「幸い」とも使うが、こちらはなにか


危なかったが助かった、というイメージが持てる


今辞書を持ってないので、調べられないのが残念だ











「不幸中の幸い」という言葉をよく耳にするが、これは幸せではないだろう


使い方は、不幸なことがあった時、その場で考えられる最悪の事態を避けれた時に使われる


こちらも上手く言葉にできず、もどかしさが残る




同じ漢字を使っているのに、ぜんぜん意味が変わってくる


自分がいかに頭が悪いのかを、これ以上吐き出すわけにはいかないので今回は止めておく