たらいに入った水をそうっと手で掻いて自分の方に寄せても手前の縁にあたって丸い縁伝いに自分のところから離れてしまうが、相手側に水を送ったらどうか、反対に相手側の縁にあたって相手の縁伝いに波が此方へ戻って来る、しかもその波は止まる事を知らない、又自分の欲を満たす時はそれで終わってしまうが、前述、流れが出来るとドンドン此方へ水が流れてくるように、人への施しは何倍にもなって自分へ帰って来ると信じたい、勿論「施し」は物ではない

与えるとは相手を思いやること、それは相手を認めて素直に褒める、讃える事だが、甘やかすことではない、むしろ厳しく突き放す、信じて、一任すること、これが「たらいの水」の原理で、私は自分の欲望を満たす半分を相手に与えることで欲望を満たす以上の「喜び」を感じて生きて行く