「食べ過ぎ」の脳科学的要因とは?『快感回路』 | 52歳で実践アーリーリタイア

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52歳で早期退職し、自分の興味あることについて、過去に考えたことを現代に振り返って検証し、今思ったことを未来で検証するため、ここに書き留めています。

 

 

『快感回路』読後、肥満をもたらす箇所を読んで、さらに深堀りしたいと感じ、本書で紹介されていた『過食にさようなら』を早速図書館で借りて読了。併せて紹介したいと思います。

 

 

<『過食にさようなら』の概要>

過食の原因は、満腹感をもたらさない「高糖分」「高脂肪」「高塩分」食品(=嗜好性食品)にありとし、この法則を体現した外食・食品業界のマーケティング戦略の紹介や、脳科学的要因と合わせ、過食症を予防・治療するための具体的方策を紹介した米国元FDA長官の著作。

 

<食べ過ぎについて>

概要にも書いた通り、なぜ我々はついつい食べ過ぎてしまうかというと、

 

おなかが満腹しているかどうかにかかわらず、「高糖分」「高脂肪」「高塩分」食品は、食欲をそそる食べ物だから。

 

■適正体重を維持するための脳科学的な身体のしくみ

基本的に我々の身体は、健康であるよう常にバランスが取れた状態にするべく個体維持されています(ホメオスタシス機構という)。

 

これは体重に関しても同じで、個人個人それぞれの適正な体重になるよう、食べ過ぎたら過剰栄養分を排泄するし、食事量が足りない場合は、できるだけ栄養分を吸収するよう身体が自動的に働いています。これはマウスやサルを使った実験などでも証明されています。

無理なダイエットが成功しにくいのは、食事制限すればするほどホメオスタシス機構が働いて元の体重に戻そうと、身体が抵抗するから

これらは食べた量だけでなく、食べたものの中に含まれる熱量に基づいて接触を制御しているらしいということもわかっています。

 

具体的には脳の底の脳幹と呼ばれる領域の「視床下部」がそのような信号を受け取りつつ制御。この信号というのが「レプチン」というホルモン。

レプチンは、血液に入って体内を循環し、脳内にも入る。そのレプチンを、視床下部のニューロン上に発現しているレプチン受容体が検出する。これらのニューロンがレプチンにより活性化すると、食欲が抑制され、熱量消費が増大する。体重が減るとこの仕組みが逆に働く。脂肪が減ると体内を循環するレプチンのレベルも下がり、食欲が増して熱量消費が減る。

『快感回路』第3章もっと食べたい

(同上)

 

たとえば体脂肪が増える(体重が増える)と脂肪細胞からレプチンが分泌され、これを視床下部が受容して食欲が制御される、という流れ。

 

ただし「食べ物が十分にある」という我々の住む先進国の多くの住民の場合、「食欲」は実は、社会的慣習から生まれるもので、一日2食が習慣の人は朝夕に食欲がわくし、1日3食の人は朝昼晩に食欲がわく、というしくみになっています。

 

また当然ながら胃腸からの信号によっても、食欲は制御されています。食べ物が胃腸に到達すると、胃腸はその栄養素と胃の拡張の両方を検知して下図のような複雑な経路を伝って、オレキシンの分泌を抑え、CRHを分泌を促して飢餓感をなくし満腹感をもたらすという。

 

(同上)

以上のように、人間の身体は適正な栄養を摂取することで、標準体重含む健康を維持しているのですが、このようなホメオスタシス機構が制御できない神経系があります。それが「快感回路」。

 

■ホメオスタシス機構では制御できない「快感回路」

「空腹感」があるかどうかにかかわらず「食欲」を誘発するのが「快感回路(報酬系)」。

 

人間のあらゆる「快」の動機づけを行う「快感回路」は、食欲についても大きく関与しています。

 

⑴「満腹感」に左右されない「高糖分」「高脂肪」「高塩分」食品

高糖分・高脂肪・高塩分食品は、嗜好性食品と呼ばれ、人間が満腹しているかどうかにかかわらず快感回路を活性化させます。

 

なぜなら嗜好性食品は、食べ物が常時不足している社会(ここ最近の先進国以外の全ての時代と地域)では、常に体にため込んでおきたい栄養分だから。

 

これらは満腹しているかどうかにかかわらず、長期間食べられないときのために身体内に貯蔵しておく栄養分なので一時的に太ってもよく、それは飢饉のときのための保険の役割を果たしているのです。

 

3つの嗜好性食品のうち「塩分」については人間固有のもので、(他の動物と違って)多量の汗をかく人間は、塩分がつねに不足しがちなので「余分にため込もう」という仕組みが、人間身体固有の機能として保持されているといわれています。

 

脳科学的には

嗜好性食品を口に入れると、舌の味蕾が反応し 信号を受け取った脳低部は内因性オピオイドを含む神経回路を活性化する。

『過食にさようなら』第1章7を編集

ということだから、ドラッグ「ヘロイン」の働きに類似していて、オピオイドがGABAという抑制物質の放出を抑えて、ドーパミン放出を促進させるという働きをするのが嗜好性食品。

 

オピオイド神経回路が嗜好性の高い食べ物によって活性化した場合でも、ヘロインによって活性化した場合でも、これによって身体が報酬効果を伴った経験をするという点では変わりません。したがって嗜好性食品の摂取がヘロイン同様、痛みやストレスを緩和する効果や鎮痛効果もあるというのも頷けます。

 

このように、人間は「糖分」「脂肪」「塩分」については、ホメオスタシス機構に制御させず、快感回路に制御させているということです。

 

⑵食べ始めると快感回路が活性化

ラットの快感回路(VTA)に電極を埋め込んで測定すると餌を食べ始めたときに一番活性化し、食事中活性化状態が維持(快感回路が活性化=ドーパミン放出)。

 

なので「最初の一口が一番おいしい」のは最初の一口が一番ドーパミンを放出するから。

 

⑶レプチンが増えると快感回路が抑制

快感回路はレプチン受容量が増えると、ドーパミン放出を抑制します。

 

⑷遺伝的要因による鈍感な快感回路の持ち主

具体的にはAI遺伝子を持つ人は、快感回路が活性化しにくい。人の倍食べないと快感回路が活性化しないなどの傾向があり、したがってこれらの人は、依存症になりやすく、それは「食」に限らず「薬物」も「アルコール」も一緒。

 

したがって肥満傾向にある人は、ほかの依存症にもなりやすい。

 

■「科学的なおいしさ」に基づく企業のメニュー開発

『過食にさようなら』では、各種米国外食チェーン店や食品業界についての科学的な「おいしさ」の追求によるメニュー開発の実体が紹介されていて大変興味深い内容になっています。

 

「科学的なおいしさ」は以下4つの要素によって成り立ちます。

 

⑴嗜好性食品であること

上で紹介した通り、嗜好性食品は満腹感に関係なく、いつ食べても快感回路を活性化させます。

 

⑵嗜好性食品を中心に多様な味覚・食感をできるだけ多く組み合わせること

嗜好性食品は3種ありますが、この3種をもれなく活用し、より多くの味覚や食感、温度、粘性と組みあわせることで、快感回路がより活性化します。

 

ただ甘いスイーツ(高糖分)にするのではなく、たっぷりの生クリーム(高脂肪)を加えることで、美味さは加速度的に増します。さらに隠し味に塩分を加えればなおさらです(ただし閾値=至福点を超えると効果なし)。

 

確かに自分の経験でも、嗜好性食品にかかわらず、一般においしい料理、特に高級フランス料理や日本料理において、「多様な味覚」「多様な食感」「多様な香り」、それに「視覚的美しさ」が、より複雑に絡めば絡むほどおいしいな、と思うので、これが快感回路がより活性化しやすい要素だというのも実感できます。

 

⑶すぐに「快感回路」に届くこと

薬物依存の快感回路で紹介した通り、人間は体験してから脳にその信号が届くまでの時間が短ければ短いほど依存性が高くなり、快感が増します。

 

したがって、柔らかくてすぐに喉を通過する料理がいい。かつてアメリカ人は一口につき、25回噛んでいましたが、今では10回しか噛まないらしい。

 

できるだけ柔らかくして咀嚼回数を減らし、すぐに栄養分が胃腸に届くよう工夫する。たくさん噛んで胃腸に届くのが時間がかかるような料理では、その分快感が減少してしまう。

 

⑷手がかり刺激を用意しておくこと

手がかり刺激とは有名なパブロフの実験と同じで、食べ物に関連するシグナルを与えると自動的に食欲がわくという反射的な刺激(行動経済学的にはシステム1のこと)。

 

具体的な事例では、インスタなどの料理の写真、お気に入りのレストランのある通り、お気に入りのお菓子のパッケージやそのCM(音楽)、エキナカのベルギーワッフルの香りなどなど。

 

実際にその食事をしなくても、手がかり刺激だけで人間は快感回路(ドーパミン・ニューロン含む)を活性化させます。

ドーパミン・ニューロンは報酬そのものというより、報酬を予期させる刺激に反応して発火するのだ。

『過食にさようなら』81頁

以上の「科学的なおいしさ」の条件がそろった食品は、スターバックスの各種フラッペも、ケンタッキー・フライド・チキンも、皆この条件に沿って意識的にメニュー開発されているに違いないといいます。

 

【スニッカーズのスナックバー】

中でも「並はずれた設計」がこのスナックバーだそうで、口の中でむらなく溶けて跡形もなく消えてしまう。噛むにつれて砂糖が分解し、脂肪が溶け、カラメルがピーナッツのかけらを包んで、その結果、全てが同時に消えるように設計されている。

 

【ポテトチップス&フライドポテト】

ジャガイモを油で揚げることでジャガイモに含まれている水分が脂に変換され、これに塩をたっぷりかけることで「高脂肪&高塩分」の理想的な食品が誕生!

 

これらの結果アメリカでは、嗜好性食品の摂取量が急増。

米国農務省にデータによれば、今日我々は何かにつけて多めに食べている。最も増えたのが油脂類の摂取量で、33年間に1人当たり約24キロから39キロと63%の伸びを示している。砂糖や甘味料も同期間に19%の増加。穀類は43%、・・・

『過食にさようなら』118頁

 

■「嗜好性食品」から距離をおく和食

こうみると、特に先日紹介した高級和食店「赤坂 詠月」「銀座 寿こう」などは、できるだけ塩分・脂肪・糖分を使わず、食材のうまみを活用して美味を追求するので、実は「科学的なおいしさ」とは異なる「おいしさ」を我々に提供してくれる稀有な存在だということがわかります(最後の土鍋ご飯ぐらいは許してください)。

 

そういえば、ミシュラン二つ星の和食店「銀座とよだ」の前料理長が「和食は脂を一切使わずに調理することも可能ですよ」といっていたのを思い出します(食材に含まれる脂は除く)。

 

以上、脳科学的視点から見た食べ過ぎのしくみとそのしくみに基づいた企業戦略について紹介しましたが、可能であれば、ではどうやったら肥満(=過食依存)から脱却できるか、もいずれ紹介したいと思います。