こんばんは。
亡くなった母の思い出について、少し書きたいと思います。
とにかく、元気な人でした。
何年か前、ゴールデンウィークに、茨城県笠間市に両親と夫と出かけました。
この時期の笠間では、陶炎祭という陶器市を開催していて、恐ろしく混みます。また、ツツジ祭も開催しています。
その年は、陶炎祭の会場から少し離れた駐車場にしか車を停められなかったので、ツツジの咲く佐白山をホテホテと上ってたくさん歩きました。
上り坂も結構急だった気がする
少し息が上がりながらも、母は歩きました。
多分、この頃既に母は80歳になっていたかもしれないです。
多分、その頃かなと思うのですが、会社の研修旅行があり、バスに乗って目的地まで行きました。
研修会場からの送迎バスの車内は、大変混んでいました。
たまたま隣席になった隣の係の男性と、親の介護のことなど話していました。
話しながら、母を介護する日が来るとは想像もつかなかったのでした。
母は、永遠に元気でいると、心のどこかで信じていました。
しかし、不死身のスーパーウーマンと思われた母も、普通の人間だったようです。
新型コロナウイルス🦠の感染拡大により、外出自粛するようになると、だんだんと元気が無くなっていきました。
記憶があやしくなっていき、丸々していた顔はやつれていき、運転免許を返納するようになり行動範囲が狭まると、歩くのも覚束なくなっていきました。
この1〜2年は、午前中はなかなか起きられず、起き上がれてもボーとした表情でした。
夕方くらいまで、眠そうにダルそうにしていました。
今にして思うと、これは全て老衰の現象だったのでしょう。
歩かないとそのうち歩けなくなるよ、寝たきりになるよ、と私は母を叱咤激励して歩かせようとしました。
既に杖をついてやっと歩けるような状態であることを母は忘れ、娘の言うことなど聞きません。私は、怒って厳しい言い方もよくしてしまいました。
認知症でプライドの高い母に対して、どういう言葉をかければ良かったのか、、、、
正解は無いのでしょうが、誰かに教えてもらいたかったです。
子どもの頃から、母に厳しくあれこれ指図されました。私は母が怖くて、なかなか本音が言えませんでした。
でもこの2年くらいは、母に対して、かつての自分が感じた理不尽な思いや納得できなかったことなどを言えて、良かったのだろうと思います。
言わなかったら、一生後悔したと思います。
今は、母に対して、きっと苦しかったんだよね、よく頑張ったね、と褒めてあげたいです。
母の死顔はとても精悍で、明治生まれの祖母👵にそっくりだと感じました。