50年前と言えば、半世紀前ですね。
ゴールデンウィークに、栃木県の益子に行きました。
この時期に、笠間と益子では、陶器市を行います。
以前にも行ったことはありましたが、いつも笠間がメインで、益子まで行く頃には、ほとんど終わりになっていました。
今回は、益子にまず行くことにしました。
JR益子駅に寄り、益子の役所の無料駐車場に車を停めて、ホテホテと陶器市を目指して歩きました。
谷根千で開催される不忍ブックストリートのように、いろいろな店舗の店先に、たくさんの出店があり、てんこ盛り状態でした。
それはそれで楽しかったのですが、少し離れたところにある古書店に入りました。
そして、なぜだか、50年前の「暮しの手帖」を買いました。
50年前、つまり1972年は、札幌で冬季オリンピックが開催された年です。
そして、連合赤軍による浅間山荘事件がありました。
「暮しの手帖」では、このような事件を、もしあなたの子どもが起こしたら、父親として責任を感じるのかどうか、という調査を行ったのでした。
同じ年に、中東のテルアビブ空港で乱射事件が起こりました。逮捕された犯人の中には、日本人もいました。私の恩師は、その頃、中東の大学に留学していたため、その日本人の裁判で通訳をつとめたそうです。
そういう情勢でしたが、沖縄がアメリカから日本に返還されたのでした。
このところ、新聞やテレビでは、しきりと沖縄の本土復帰50周年を取り上げています。
米軍基地の7割が沖縄に集中しているのだそうです。
第二次世界大戦の末期に、連合軍が沖縄に上陸したから、米軍基地が多いのか?
他県にも、かつては米軍基地があったが、日本に返還されたので、沖縄への集中率が高くなったのか?
昔は、あちこちに米軍基地やキャンプがありました。自分が子ども時代に住んでいた村の中にも、米軍の住宅地がありました。
近くに、米軍が空から爆撃訓練を行う場所があったのです。
県民の中には、砂浜にいたところを、空から爆撃されて亡くなった方もいたそうです。
1973年には、日本に返還され、現在は、国営ひたち海浜公園となっています。
春にはネモフィラ、秋にはコキアが一面に植えられて、大勢の観光客が訪れる場所です。
沖縄の方々にとっては、決して、終わっていない困難をまだまだ抱えているのだという事を、忘れてはならないと思います。