開園40周年 | Akiのブログ

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こんばんは。


寒暖差が激しかったり、晴れたり雨が降ったりと、春の天気は変わりやすいです。


去る4月15日に、東京ディズニーランドは、開園40周年を迎えたそうです。

まずは、おめでとうございます🎊


「東京」とついていますが、所在地は東京都ではなく、千葉県です。成田空港も千葉県にありますが、東京とついていましたので、同じ発想なのでしょう。



ディズニーランドは、隣りの県にあるので、比較的近いのですが、まだ2回しか行ったことはなく、それも20世紀に行ったので、ディズニーシーにはまだ行ったことはありません。



初めて行ったのは、夫の親族が来た時でした。激混みでした。どこも長蛇の列で、結局アトラクションは、3ヶ所入れただけでした。


2回目は、茨城県民ウィークなるものがあり、平日なのですが、茨城県民は安くで入場できたのでした。この時は、それほど混んでいなかったので、どれでも乗り放題、入り放題。満喫したので、もう来なくていいかなと思ったのでした。



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ディズニーというと、思い出すことがあります。

東日本大震災で、茨城県の沿岸地域には津波が押し寄せ、甚大な被害を受けました。

翌年に、北茨城市にある天心記念五浦美術館では、アメリカのディズニーから支援を受けて、震災復興支援展覧会として「ウォルト・ディズニー展」を開催しました。

天心というのは、日本を代表する美術家の岡倉天心のことです。


すぐ近くの海辺には、岡倉天心が設計した六角堂もあります。震災の津波で、六角堂は流されてしまい、その後復元されました。



この頃、私はウォルト・ディズニーについて、調べていました。ウォルトは、21歳までに、何回も会社を作っては倒産していたそうです。

テレビで人気のキャラクターを考え出したのに、仲間に裏切られ、失意の中から、ネズミのキャラクターであるミッキー・マウスを考え出したそうです。

会社が順調に大きくなると、労働者のストライキが頻発して苦しんだり。


最後に、大人も楽しめる夢の遊園地として、カリフォルニア州アナハイムにディズニーランドを作りました。

ディズニーランドには、アメリカ人の郷愁を誘うような歴史性やエピソードが盛り込められていたのだそうです。



さて、1983年、昭和58年に開業した日本のディズニーランド。園内で働く人は、キャストと呼ばれて、お客さんに説明する口上が、新劇の役者さんのように感じました。

また、夢の国なので、園内は常に掃除されキレイに保たれています。

他の遊園地のように、園内で弁当を広げることは厳禁。

それまでの遊園地の常識を覆すことが、たくさんありました。



大勢の来場者を日本中から集めるようになると共に、既存の遊園地は客足が減り、少しずつ閉鎖されていきました。

茨城県内には、あまり遊園地というものはなかったのですが、栃木県小山市に小山ゆうえんちがありました。テレビコマーシャルから流れるテーマソングは、何となく物悲しく、一度行ってみたいと思いながら、気がついたら消滅していました。



小山ゆうえんちの跡地は、広大なショッピングセンターになっています。そこにレトロな感じのメリーゴーランドが残っていました。







メリーゴーランド自体は、かなり古いモノのようですが、横浜にあったものを移設したので、小山ゆうえんちには、かなり最後の方に導入されたようです。


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40年経っても、根強い人気を誇るというのは、すごいことだと思います。


そして、遊園地🎡で喜ぶ子供たちの笑顔を見られるということは、平和の象徴であり、ありがたいことですね{emoji:005_char3.png.おねがい}