たまたまネットで見ていて気になった言葉です。「教育困難校」…はて、どういう学校なのだろうか?
どうもいわゆる「底辺校」の事のようです。
私の親戚の人で、昔、いわゆる「底辺校」の高校教師をしていた方がいます。
教室に入って行くと、黒板いっぱいに、その親戚の人の悪口が書き殴られているのだそうです。
それを見ても、顔色一つ変えず、消すこともせず、「では授業に入ります」と言って、その上から書いたそうです。
その様子を全く感情を交えることなく、淡々と話してくれました。
ある時、その方の勤務先の高校に招かれて遊びに行きました。その当時、私はまだ中学生でした。夏休み中なので、授業は無かったのですが、教室の中はかなり汚れている、という印象でした。ーーもっとも、後に自分が進学した高校も、これに負けないくらい汚かったのですが(笑)
さて、その勤務先校で、お手製のプリンをご馳走になりました。彼女は家庭科の先生で、授業で調理実習をする時のプリンの試作品を作ったのだそうです。私の感想を聞いて、授業にどう活かしていくのか、参考にすると言っていました。
彼女は、いつも動じることなく、淡々と話します。16歳から妊娠し、毎年出産している子がおり、21歳で5人の子の母親になった教え子がいる、というような事も大げさでなく、感情を交えずに語るのです。
その強さには、今になって考えると、驚きます。
彼女はその後、大学に内地留学したり、いろいろと勉強したそうです。最終的には、校長先生の手前まで出世しました。女は校長になれない時代だったため、文部省に移籍し、全国を飛び回って忙しく働いたそうです。
私は、「教育困難校」という響きは、好きではないです。私の子供の頃にも、勉強しない子供は大勢いました。家が大工さんなら、子供は当然に大工を継ぐ、それも誇りを持って堂々と継いだものです。
世の中には多様な人がいて、いろいろな考え方や価値観があり、いろいろな職業に従事する人がいるから、世の中が成り立っているのではないかと思います。
たった一つの基準が正しい、という価値観に当てはめるのは、そこに入れないたくさんの不幸を生むように思うのです。いかがでしょうか?