前回の記事投稿から、1年以上時間が空いていますね。
筆不精ですみませんでした。
実は、昨年の2月、3月に母が入院しました。
これは人工股関節置換手術という、骨と関節の間の
軟骨がすり減って、軟骨がなくなった状態で、かなり痛いものらしいです。
そこで、人工関節にして、関節と骨との間にいわばクッションを入れるような手術でした。
手術しても、母は昨年の秋くらいまで、足に違和感があると申しておりました。
でも昨年の冬あたりから、慣れてきて、まずまず生活はできています。
ただお医者さまから、「重いものを持ってはいけない」、「前かがみになってはいけない」、
「内股になってはいけない」などなど生活における注意点をあげていただきました。
そこで、ある程度の家事は私がやることになりました。
ごみの分別とゴミ出し、お風呂掃除、階段の掃除、2階の洗面台とトイレの掃除、
床や壁などを拭く作業、生ごみをコンポストにいれ管理する作業などなどです。
私自身は家事が一気にふえて戸惑いもありましたが、
何とかやりきっています。家事をはじめて1年以上経ちますが、
何とか続いております。
話は変わり、今年の1月に大事件がありました。
ここは雪国ですから、冬中積雪があります。雪積もった今年1月に、
父が雪ですべって、コンクリート床に頭をぶつけて、一時意識を失うという事故がありました。
父は救急車で県立病院へ運ばれ、入院。
診断結果は外傷性のクモ膜下出血と、それにともなう血管性認知症と診断されました。
1月中旬から3月中旬まで長期間の入院となりました。
入院中は家族がみても、「父はおかしい、いつもと違う」という言動がありました。
認知症の検査はギリギリ認知症。結果認知症の初期で、
公的なサービスを受けるための、介護認定もうけました。
父は認知症初期で以前のような「感じ」ではなくなりました。
意欲を失ってしまったといいますか、やることが面倒に思えてしまうのか、
なかなか本人が「こうしよう」と思っても、行動にうつせなくなりました。
物忘れもひどくて、勘違いも多くなりました。
それでも、病院へ通院しながら、自宅で生活しております。
私も父の生活のサポートにもちろん関与しています。
目下父母が今までやっていたことを、私がサポートしながら、やるという形になっています。
父母を見て、「老い」というものを率直に体感しておりますが、ただ「頑固になった」というより、
父母が「何を望んでいるのか」・・・これを第一に考えるようになりました。
意識がはっきりしているときに、父母が「こう言っていた」、「ああいうことがあった」ということを、
思い返すと、うっすらと父母の「希望すること」が見えてくることがあります。
介護というのは調子が悪くなってからでなく、元気なときの一挙手一投足からすでに
生まれているんだという認識を強くしました。
長文をご覧いただきありがとうございます。