JRで車いすは乗車拒否されました コラムニスト伊是名夏子ブログ
わたしはこう考えます
↓目次↓
障害者の権利主張は”わがまま”か
障害者の障壁を取り除くことは健常者にとって不利益?
「駅員さんはかわいそう」なのか
障害者は感謝と謝罪が足りない?
伊是名夏子さんへのバッシングと障害者バッシング
障害者の権利主張は”わがまま”か
わたしは”わがまま”ではないと考えています。
障害者の権利主張といいますが
殆どの障害者は健常者を上回る権利をよこせ、とか
健常者を攻撃したいと考えていません。
ふつうにくらしたい
同じ人間なんです。
ただそれだけで、しかも健常者を押しのけてふつうにくらしたいなんて人はほとんどいません。
(まったくいない、とは言いません)
障害者の障壁を取り除くことは健常者にとって不利益?
「障害者の特別扱いはできない!」
求めるものは左の”平等”ではなく右の”公平”です。
バッシングする方は台の高さのみを見て
「特別扱いだ!」と仰るのです。
たとえば、
「一部の児童だけ特別扱いはできない」
と拒否する教師の報告がよくあります。
しかし、そういう子はタブレットがあれば授業についていけ、
学ぶことができます。
教師も周りの児童も損することもなく、
将来の人材を育成できるのに何が嫌なのでしょうか。
また人口に膾炙していないため抵抗感があると思いますが、
近視の子の眼鏡使用を認めるのとそう変わらないと思います。
個人的には、大学等では障害があってもなくても
板書の写メ認めている先生もいます。
わたしはそれでもいいと思っています(^^)
【“テクノロジーと障害者”ロサンゼルス国際会議レポートVol.5】UDIT関根千佳氏--障害者が使いやすい技術は、健常者にも魅力ある技術
~例えば、ライターは片腕をなくした兵士がタバコを吸う時のニーズから生まれたし、グラハム・ベルが電話を発明したのも聴覚障害者に音を伝える目的があった。現在脚光を浴びはじめた音声入力の技術も首から下が動かない障害者のための技術から出発したという。~
障害者は【困りごとのエキスパート】
障害者の”できない””参加できない”の多くは、
健常者の”ちょっと不便””ちょっとやりにくい”とかぶっているんです!
わたしは個人的には
「声をあげる」ことは障害者にできる、
障害者にしかできない
社会参加、社会貢献の一つと考えています!
わたしは発達障害当事者、
アスペルガー症候群でADHDです。
しかし、診断が遅かったこともあり
ずっと一般就労で働いていましたし、
今も一般就労で働いています。
発達障害当事者ですので業務の指示で
主語や目的語を省かれたり
程度や期間が曖昧だと判断しにくく困ります。
でもあるとき気づきました。
定型発達の方(健常者)同士もけっこう、
業務上の主語や目的語の省略や
程度や期間の曖昧さで
伝達ミスが生じたり、行き違いやいさかいをおこしているではないか!
なのであるときから、
仕事でわからないときはすぐ聞くことにしました!
そうしたら定型発達者の方から
「聞いてくれてありがとう」
なんて言われることも。
バリアフリーなんて身構えなくても、
障害者にとってやりやすい社会は
健常者にとってもやりやすい。
発達関連で言えば、
発達障害児のための指導法、学習法、グッズなどの中に
一般のお子様の指導や学習に効果的なものもあり
近年注目されているのが当事者として
ちょっとお役に立てていてうれしい。
「健常者のためになるという理由で
障害者差別解消やバリアフリーを訴えるのは間違っている」
という意見もありますし、
本来そこまで考えなくても弱者目線を大切にすべきなのですが、
みんなそれじゃあ聞いてくれないし・・・。
「駅員さんはかわいそう」なのか
「重量のある電動車椅子を階段で運ばされた駅員さんがかわいそう」
「駅員さんが怪我したらどうするんだ」
はっきり言いましょう!
わたしもそう思います!!!!
でもそれ、障害者を責めることでしょうか。
駅員さんに酷いことをしたのは障害者ですか?
施設のバリアフリー化を伴わない無人化を進めるJR東海さんでは。
本事案に限らず、
障害者支援のしわ寄せ問題が少なくありません。
バリアフリーや障害者支援を、
立場の弱い健常者のマンパワーにしわ寄せする仕組みのことです。
●車椅子を人力で担ぐことを押し付けられた
●発達障害の同僚の世話を押し付けられ自分がうつ病に
●学校で障害児のクラスメートの”お世話係”を押し付けられ自分の学習がおろそかに
事実もあればフェイクもあるでしょうがネットで見かける
障害者が嫌われる理由です。
実際にもこういう事例はあります。
また、
介護従事者への過剰な要求とか
障害者家族への過大な負担というのもありますね。
わたしは福祉のプロでもあります、
(プロフェッショナルというのは持続してできないことや
危険なことを無責任に引き受けません・・・)
相互理解のための勉強会とかお互い様の思いやりレベルならいいけど
無理な障害者支援を(ほぼ)無償で
押し付けられた健常者の皆様、
もっとバンバン怒って当たり前ですし
拒否していいです!!
しかし、怒りや抗議の矛先は障害者ではありません。
無理を押し付けてきた上司や企業、
障害者支援の足りない政府に向かうべきと
わたしは考えています。
障害者はただ存在するだけで、
嫌がらせがしたいわけではないし
怒られても本人にはどうにもならないことが多いんです・・・。
障害者とはちがいますが、
産休、育休同僚の業務押し付けを子持ち女性にキレている方が散見しますが
余裕のない人員配置をしたり、
人員削減をつづける企業側にキレるべきと考えています。
駅員さんはかわいそうだけど、
合理化と銘打って
施設のバリアフリー化を伴わない無人化や
人員削減をすすめてきた人たちが加害者だと考えています。
障害者支援の無理強いへの怒りを
障害者にぶつける人はもっと間違えると
植松聖になると思います。
障害者は感謝と謝罪が足りない?
「障害者、態度が悪い」
「障害者とは言え人なんだからもっと『すみません、すみません』と言え」
「もっと健常者に遠慮すべきだ」
という意見には実は多くの障害者も賛同しています。
が、わたしはそうは思いません。
プライベートや仕事で少数ですが身体障害者や傷病者、ご高齢者と単に居合わせたり
或いは介護や支援してきました。
健常者の立場だと気づかないのでしょうか?
大半の障害者(や保護者、支援者)は
毎日健常者に気を遣って、遠慮して、
すみません、すみませんと生きていることが。
出かけたくても
(ここにも偏見がありますが
障害者は健常者が思うほど遊び歩いているわけではなく、
仕事や通学、通院、冠婚葬祭等で移動すること多々あります
もちろん、障害者が遊び歩くことも、何も悪くありません)
下調べして健常者様のご迷惑にならないようにと
時間ずらしたり経路工夫したり
かえって不便そうな場所でもマイカーにしたり。
周囲の舌打ち、改札から乗車まで20分…健常者が知らない“車椅子移動のリアル”
(お時間ありましたらこちらの記事も参考になります)
相手はずっと配慮しているのです。
ずっと緊張し、周囲の目に怯えています。
だから、ちょっと電車で居合わせたくらいで
まるで一方的に配慮させられたかのように
被害感たっぷりに舌打ちする人はどうかと思います。
ただ存在するだけで
常に感謝と謝罪し続けなくてはならないのが
辛いという声もありますし、
(なので、健常者内弱者のマンパワーに頼るタイプのバリアフリーはよくないと思います
むしろ申し訳ないと委縮して外出を控える障害者の方の方が多いのです・・・)
これも見落としがちですが、
障害や持病によってはそもそも
ずっと笑顔を保ち
聞こえる大きなはっきりした声で
「ありがとうございます」
「すみません」と発声し続けることが
できなかったり困難だったり辛いこともあります・・・。
(健常者でも体力と気力ある人じゃないと辛いと思うよ
しかも車椅子と立っている人だと
なおさら大き目の声じゃないと聞こえにくい!)
皆様ちゃんとハートは胸にあると思います!!
また、「人に言うなら自分も」です。
にも戻りますが
駅のエレベーターやスロープは
何十年もの障害者運動で設置されたものですが
「ありがとう」も「すみません」も言わず
車椅子ユーザーが居ても特に優先もせず
普通に使っていませんか?
もちろん、使っていいのです。
でも、それでいて、
人にだけ感謝と謝罪を強いるのはどうなのでしょうか。
伊是名夏子さんへのバッシングと障害者バッシング
わたしは伊是名夏子さんがどのような活動家で
どんな政治的立場にありどんな人か知りません。
しかし、
伊是名さんへのバッシングを
障害者全体への口封じや恫喝に使っている人を見かけますし、
(一人二人嫌いなマイノリティが居たからと全員叩くのは
「行き過ぎた一般化」「レッテル貼り」という認知のゆがみ
であり、
障害者に限らず、外国人、性的マイノリティ等
マイノリティはみんなされがちです・・・差別あるある。
あ、
「あっちょのことは嫌いでも、
発達障害当事者のことは嫌いにならないでください」)
そもそも伊是名さんが健常者で
「JR東海のここを改善すべき!」
「こんなトラブルがあった」
という批判をしていたらここまで炎上していたでしょうか。
普通の、
鉄道事業者批判のブログやコメントあるけど
賛否あっても
こんなすごい勢いで叩かれなくないか・・・?
どうも背景に
弱者アレルギーや障害者アレルギー、被害感があるのでは。
わたしは
言いにくい中、声を上げてくださった
伊是名夏子さんを支持します

