初めていらっしゃった方は
経緯の過去記事を読んでいないし、
わたしは読んでなくて当然だと考えているので、
それで人様を責めるような人間性ではありません。
なので、
2017年からの経緯をもう一度書きだします。
子供のころから何か人と違っていた。
(悪い意味で)
誰にも好かれず愛されず、
逆に暴力を振るわれたり、
外見や人格などに対して暴言ばかり吐かれていた。
わたしは他責型の思考ではないし、
みんなが口を揃えて
「諸悪の根源」
「性格悪い」
「怠けている」
「ひねくれている」
「デブ、ブス」
というので、
素直にそうなのだろうと考え、
直せるところは直してきた。
ちなみに、皆様が思うほど性格悪くはないが、
性格良くもないので(笑)
あまり褒められたこともしていません。
悪いこともしたと思う。
でも全部、人と仲間になりたいとか、
人と同じになりたくてしたことなので…。
最終的にどうにもならなくてたどり着いた結論は、
自分は「地面に開いた穴」なのだろうと。
外見や人格について、
耳を塞ぎたくなるような酷い責め方ばかりされていて、
しかも、それは「お前が悪い」と
人々は口を揃えて言った。
だから直そう直そうとすると
今度は逆に気に入らないとか。
もういいや。
正直、それなりに楽しいこと、
遊んだり、
映画見たり、
旅行行ったり、
美味しいもの食べたり、
買い物したりとかもあるので、
地面に開いた穴としての役割
(つまりサンドバッグ)をこなして
ときどきオコボレでも貰えたらいいやと。
夫は、わたしを見て
微笑んでくれた初めての男性だから
この人がわたしの王子様だろうと
考えていたときもあったけど
世の中そんなに甘くない。
やはり、発達障害お約束で家事が苦手なのですね
(わたしのBlogを差別の材料に使われたくないので
言っておきますが、
発達障害当事者みんながみんな家事が苦手なわけではない
ただし、特性故に家事が苦手な比率は
やや高いように思えます)
あと、女性性に欠け、可愛くない。
「可愛くない」というのは、
未就学児時代から繰り返し
言われてきたことで、
わたしのキーワードのひとつでもあります。
子供を設けた理由は、
前提として、
当時は自分が自閉症スペクトラムだと知らなかったから
ですが、
1 愛する対象が欲しかった
2 大好きな夫のDNAを残したかった
3 生物としての連鎖の中に入りたかった
4 子供が親に与える無償の愛に応えてあげたかった
5 わたしが何もかもうまく行かない理由は怠け者だからと
万人が分析し、私自身それを信じていたので、
自分をもっと厳しい環境に追い込みたかった
6 最愛の義母ちゃんを亡くし淋しかった
7 友達が欲しかった、他人なら不可能でも我が子なら…
8 妻として家庭における義母の看護者としての役割を失くしたので
子供の母親という役割を獲得したかった
9 日本が直面している少子高齢社会、人口減少社会に対し少しでも貢献したかった
10 性自認がゆるく自分が女性だと上手く思えないでいるので、出産をすれば女性の性自認が持てるのではないか?
11 生きた証を残したかった
12 自分が社会に貢献できなかった分、子孫の誰か社会に貢献すればマイナスが帳消しになるのではないか?
(↑子供自身には押し付けていません
子孫の誰かがマイナスを埋める可能性があるかなと)
13 子供のいる親戚が幸せそうで羨ましかった
14 夫が子供を持つことで責任感が増し、
収入的に安定するのではないか
(私から見ると夫氏は度を越して真面目で正義感が強くて
不器用な生き方をしている)
15 子供向けのレジャーやおもちゃや絵本、アニメ、子供服
好き、たのしそうだけど
いいおばさんが乱入するわけにいかないので子供をダシに…(笑)
16 子供、特に小さい子が好きなので
17 マルチタスクが苦手で一度に3人以上の会話ができないほど
子供が赤ちゃんのうちから少しずつ慣れれば
わたしのマルチタスク性能の低さ改善の訓練になりそう
18 そもそも義母ちゃんも孫を望んでいた
19 わたしの兄弟で結婚してるのはわたしだけ
孫を生んだら両親も喜んでくれて実母と仲良くなれるかも
20 親の気持ちというのがわかるかも
21 子供のネタでお喋りしたり、ママ友を作ったりして社会が広がるかも
わたしは熟慮して行動するタイプで、やりたい理由が複数ないとダメなのです。
自分勝手すぎる!とお叱りを受けそうな理由から
まあわかってもらえる理由まであると思いますが、
自分の家事の苦手さや人づきあいの苦手さを把握した上で子供を設けたわけです…。
自閉症といいますが、自ら閉じこもっているわけではなく
なんとかして扉を開けたいのですね。
子供を産んで良かったのか悪かったのかはまだわかりません。
あなたなんかが子供産むなんて子供が可哀想!
という見方もやはりされます。
上でいうと、4,5,8,10,14,17,19,21は子供を設けてもやはり駄目でした…。
子育てで自分を成長させようとか
子供を持つことで社会性を広げようというのは無理だったということですね。
でも子育てってとても素敵なことです。
日々変わってゆく子供と遊ぶのは楽しいし
乳幼児は表裏ないので、ASDでも人間関係結びやすいんですよ!
(知覚過敏により泣き声や子供の甲高い声が凄く苦手とか
子供タックルが無理!じゃないタイプなら
自閉症スペクトラム当事者と子供はむしろ相性いいと思う
わたしはある程度、
子供の大きい声や子供タックル苦手
で毎日ギャーギャーヒーヒー言ってますが
子供を育てられなくなったり虐待してしまうほど
凄く苦手ってほどではないのでなんとか…)
子供を持って困ったことは子育てそのものより、
やはり社会性のなさでした。
わたしは軽い相貌失認(失顔症)があるのですが、
軽度なので少人数の職場や、
名札や座席表がしっかりしてる職場では
全く障害になりません。
しかし、
児童館や幼稚園に行くと
同じくらいの年代の女性(ママさん達)がたくさん!
勿論名札もない!!
これだけで精神的な調子をかなり崩しました。
それだけではなく、先生方やママさんたちと
うまくコミュニケートできないのです。
しかも、自分の用事に子供の保育園や幼稚園、
子供の病院、予防接種……
スケジュール管理の苦手なわたしには地獄でした。
スケジュールの変更って発達障害当事者には苦手な方が多いのですが、
小さい子がいるとスケジュール変更も日常茶飯事。
当時自閉症スペクトラムの診断を受けていないから当たり前だけど、
夫によく、というか毎日叱られるのです。
人格を疑われたり非難されたり、
子供への愛を疑われたり…。
子供を持ったから誰でもおかあさんになれるわけではない。
やはりわたしは地面に開いた穴なのだ…。
そんなときに、
2017年に布袋寅泰さんに出会いました。
面白いなあ…美しいなあ…
光って普通上から降ってくるもので、
わたしは愛する夫も子供もいるし、
フェルメールも好きだし村上春樹さんも好きだし氷室京介さんも好きだし
光は見たことある。
でも布袋さんだけは、
わたしが閉じこめられている
その地下室そのものに光を灯してくれたのです…!
(これがわたしオリジナルの発想だったら
それは布袋さんに失礼なので絶対に他言しませんでしたが
わたし以外にもこれを言っている人が実在するので
わたし関係なく
これは布袋さんの素晴らしい才能或いは技術力だと考えたので
堂々と書いてます)
しかもわたしにも、
皆様の見るわたしとは違って
美しいものを美しいと感じる人間らしい心があるのです。
よってわたしは地面に開いた穴ではない!
つまり何かが間違っている!
と判断し、
精神科を受診した結果、
広汎性発達障害という診断を受けました。
精神科の診断って実は大して信じてないのですが、
わたしがこれを支持する理由は、
何もかも理屈がつくから
身体的症状も説明がつくから
です。
あれもこれも全部説明がつく!
ああ言われたのは常同行為だし、こう誤解されたのは重力不安…!
まるで推理小説の謎解きページのような爽快感!
皆様が口を揃えて言うことは間違っていた!
そして、間違えるだけの理由があり、
皆様も悪くない!!
ほら、"世の中には悪いやつはいない"んだよ。
何もかも、布袋さんの仰るとおりだった…!
わたしが布袋さん好きなのはもちろん音楽性ですがそのバックボーンにある人間性。
布袋さんはお若い頃、もしかしてほんの子供のころから、
人の深い感情や、哀しみや、
そして真理をご存知でいらっしゃる、
その深い洞察力と高い知性、大きな人間愛に惹かれたのだと思います。
日本の発達障害当事者の過半数は自責タイプで、
少数は他責タイプです。
わたしはここに宣言します。
自責も他責も誤りであり、
発達障害当事者も、定型発達者も何も悪くない、
間に障害という高い壁がそびえ立っているだけなのです。
というわけで気持ち的には楽になりましたがはて?
じゃあどうしたら、
私の気持ちを正しく人に伝えられるのか???
これが無理ゲーなのです。
夫や子供にもちゃんと伝わらないし、
布袋さんのファンになりたい!と思っても
「気持ち悪い」
「布袋さんのお洒落でかっこいいイメージを損ねる」
という悪印象しか作れません。
夫に勧められて素敵な女性布袋さんファンのモデリングをしたらと言われましたが、
全く近づけず
苦しいし哀しくなる。
でも、布袋さん御自身も、
周りの先輩布袋さんファンも、
どのような人間を布袋さんファンとして迎え入れたいかというと、
やはり、
小さな美しさや善行、正しい行いをコツコツ積み重ねてきた
強く美しく、健康的な明るい方であり、
表と裏のようにわたしとは正反対の方々です。
わたしがその域に達するには、
今から努力しても
ざっと計算したところあと120年は掛かり、
もちろん寿命も尽きていますし、
(布袋さんの寿命も)
老いにつれ体力や精神力等が衰えることを考えると到底無理です。
だからといって布袋さんファンになることを諦めるかというと、
何度も諦めようとしたけど無理でした。
だいたい、
自分らしく生きればいいのか、
周囲と調和できるよう定型発達女子演技を強化すればいいのかわかりません。
カウンセラーさんに真面目に相談したけど答えはもらえませんでした。
理想としては、布袋さんや
憧れ布袋さん女子の皆様のように、
自分らしさを貫いて、
その自分らしさが愛されたり、評価されて
人々に受け入れられることです。
世の中そんなに甘くない、
自分らしさが受け入れられるまでに、
布袋さんや憧れ布袋さん女子が
どれだけ孤独に努力し、辛酸を舐めてきたか!!
と言われればそれまでですが、
わたしには時間が足りないし、
今、
人々に受け入れられていないのです!!
わたしは人々に対して
悪意も害意もないどころか、
綺麗だなあ、素敵だなあと憧れていて、
そちらに行きたいのに、
入れてくれないどころか
誰も信じてくれず、
反対のことばかり言って責めてきたり
叱ってくる。
(人々は、叱ってくれる人は貴重で大切、
褒めてくれる奴なんていくらでもいるといいますが、
わたしの場合、
叱ってくれる人の代わりなんていくらでもいるし
みんな同じことしか言わないのです
↑だから当然、みんなの言うことが正しいのだろうと
みんなの言うとおりの努力を重ねてきたのが
布袋さんと出会う前のわたしでした
普通は、他者の目から見たのが"本当のわたし"なのですが、
わたしの場合はそう
=人嫌い、性格悪い、怠け者、人を恨んでいる等
ではないのです…!
↑と自分で思い込んで、性格改善とか、心理学とか頑張ってしまっていました)
どうしたら人々に受け入れられ、
人々のお役に立てるのか、
2020年はそれを探ろうと考えています。
今日は朝から、鳥の群れを見て涙が溢れた。
「あ、群れ!」
と思ったら何分も何分も続く鳥の群れ。
人間も群れの動物で、
群れから追い払われるのは死を意味する。
便利な現代社会では
わたしのように群れに入れない一羽もすぐ死ぬわけではないが、
それはとても悲しいことだよ…。
複数の方にASD当事者会を勧められていますが、
ネットでの手応えから、
ASD当事者の群れにも入れなさそうに思える。
↑Twitterとかで「発達障害あるある」とか盛り上がってて楽しそうとは思うけど
つい、「それ、定型発達者から見てどうなのだろう?」とか
いつでもつい「他の視点」を考えちゃって
「誰かの一方的な味方」になることができないのが
わたしの駄目なところなのですね。
立場の異なる他人目線を想像してしまうのは
わたしの良い癖でも悪い癖でもあり、
「アツコって性格最低だよね!」
「人の気持ちを考えろ」
と言われたので常時立場の異なる他人目線ばかり想定してしまうのだと思います。
また、
一部支援者の方や当事者の唱える
アスペルガーこそ優れている、素晴らしい論には
申し訳無いが反感を覚える
個人的には、子育て支援で出会った、
当事者で医師の方の仰っていた、
「アスペルガーと定型発達者に優劣はない。
右利きか左利きかの差異だけ」
論に一票入れたい。