人と人との争いのほとんどすべては

人と人との争いのほとんどすべては、
正しい人と正しい人
善い人と善い人
美しい人と美しい人の
間で起こる

真偽も善悪も美醜も
立場とか、
歴史とか、
あるいは個人的な好みで大きく違うから

賢い人は子供の頃からそれを把握している。
(私は年齢で人を差別しない
自分の1/7の年齢でも、
私よりずっと賢い子供や、
私の43年の人生よりよほど濃い人生を送っている子供は実在する)

あまり賢くない人は、
自分が正しいことや善いことを自分で知っているから、
当然相手が悪いに違いないと決めつける。

別のあまり賢くない人は、
自分と同じ立場の多数の人が正しいのだと思う。

私は賢くないから、
"みんな"の言ってることを信じ、
"みんな"の言うとおりにしていた。
それなのに、どんなに言うとおりに頑張っても
誰も私を受け入れてくれない。

本当は、
ーいや、人間なかなか悪い奴はいないよ。でも、だからって、みんながみんな自分にとっていい奴だとは限らないー
(これは、
布袋さんが19歳か20歳の頃の言葉だそうです…!!)

人間関係トラブルの9割以上は、
認識の違いだとか、
立ち位置の違いだとか、
生きてきた歴史の違いだとか、
それこそ都合、やりたいことの行く先に立ちはだかっていて邪魔だとか
そんなことに原因があって、
世の中根っからの悪人なんてまずお目にかかれるものではない。

だから、どうすればいいの?

それが難しい。

順番こで譲り合うのもいいだろう。
話し合って落としどころを見つけるのもいいだろう。
悪い奴じゃないけどどうにも合わない相手は「ご縁がなかった」と考え、離れたり距離を置くのもありだろう。

相手が自分の正義で走るタイプや、
攻撃的なタイプだったら更に難しい。

どうすればいいのかはわからないけど、
してはいけないことはなんとなくわかったような気がする。
相手を人とみなさなくなること。

きれい事を言ってるのではなく、
真剣な話、
どんなシチュエーションであっても、
相手がどんなにムカついても、
人は人を人と見なさなくなったとき、
もし勝ったつもりでも、
その人の人間性がひとつ死んでゆく
その人の世界がその分狭くなる
そうして人が
悪魔にも化け物にもなることは
歴史が証明している。

自分が折れろと言っているのではない。
自分の信じるものや、
自分がしたいことは一番大切にすべき
だし、
自分がへつらう必要もない。
でも、
相手も自分と同じ傷つく心を持ち
日常の積み重ねを頑張っている人間だと
心のどこかで忘れないようにしていたい。



「お前って身のないきれい事ばかり言うよな」
「口先だけで実行が伴わず、薄っぺらい人間だよな」
「世の中そんなに甘くないさ」
誰かはそう一笑に付すだろう。
でも、心がけってきっと大切なことだと思うのですよ。
私自身はもう、
人々がどれほど私を
憎もうが嫌おうが嗤おうが
どうでもいい。
すごく傷つくけど、
悲しくて心が止まってしまうけど、
私の気持ちを変えられるほどのものではない。