私は、メンヘラ、不思議ちゃんを気取りたい訳ではない。
(自分以外のメンヘラ、サブカル、不思議ちゃんが嫌いなわけではない
自分以外のは知的で素敵だったり可愛かったりする)
幼稚園のときから、
自己の芯があって、まともに生きていて、
誰かに愛され愛し、まっとうに健康的にキラキラ輝いているふつうの子供に憧れていた。
(ここでのふつうとは、定形、発達ですらない
発達障害やその他の障害をお持ちでも、
私のような空虚さを持ち合わせず、
きちんと生きていらっしゃる方がほとんどだ)

あの群れに加わりたい。
でも絶対に仲間にしてはもらえない。
仲間はずれにするふつうの少年少女たちが悪いのではなく、
こちら側に問題があることも小学生くらいで認識していた。
だから、人に合わせて表面だけ真似をしたりしていた。
しかしまたそれがズレるんだよね(汗)
これはもう、
私がアスペルガーであるとか、
人類の9割強は定型発達者であることすら
強く関係してはいるが
全てではないのだと思う。
アスペルガー症候群であっても、
人々とポジティブな関わりを持ち、
輝く魂を持つ人は少なくない。
私はたぶんもし当事者会に行っても浮く自身がある(笑)

細かい原因はあるし、潰してもいる。
どうにもならないものもある。
例えば正直に言い過ぎることは、かなり矯正していて
私的には好意であっても一般的にはよく思われない確率の高いことは言わない。
言葉を慎重に選んでいる。
むしろ、定形さんでまっとうに生きていて愛されているみんなに好かれるようなふつうの子が、
こちらに傷つくことをズバズバ言ってきたりして、
(外見の不備や性格面など)
びっくりする。
ふつうの人は、多少失言があったり、多少人に攻撃的なことを言っても許されるのだ。
どうにもならないのが、
相貌失認三人以上の会話が不能なことで、
夫によるとこれが私の嫌われる主原因なのだそうだが。
社会生活ではどちらもなんとか誤魔化しているつもり。
誤魔化せていないけど、
すぐに怒らせたり、排除されない程度にはなんとか話を合わせている。

人に好かれたいとか認められたいとかそういうのでもないんだな。
他人が私を好きか嫌いかはその人の自由だし、
操作しようとも思わない。
本能かもしれない。
所属本能。
人は群れの動物で、拒絶は本能的に
脳が肉体的な痛みと同様の痛みを感じるそうだ。
都合悪いことに私にはその本能だけは残っているのかもしれない。

ものすごく正直なところ、
輪廻転生があるならば、
死んで生まれ直すのが一番早いだろう。
だが、私はその手段を使いたくないし、
だいたい輪廻転生が人間の想像するような形で実在するとは思えない。

私のことを激しく憎悪する人もいれば、
可哀想に思って暖かく手を差し伸べてくれる人、
可哀想に思ってアドバイスをくれる人
(有り難い、自分目線にない思わぬアドバイスで助かったこと半分、
もう知ってることや試したけど駄目だったことを言われたり、
中には明らかに上から目線でお説教や持論を押し付けて来る人もいる)
嘲笑の的にして娯楽として楽しむ人、
憂さ晴らしの的にして鬱憤を晴らす人、
私に対する反応はいろいろ。

心の通い合う友人を作ったり、
コミュニティに参加してみたい。
いい大人だから、表面だけ、形ばかり何かのコミュニティに参加することはできるだろうし、
小さい子みたいに、
あからさまに拒絶してくる人もそうはいないだろう。
しかし…。

まあ、40過ぎて新しい友達を作るって、
ふつうの定型発達でふつうに性格良くて義務や義理も果たしてる人ですら困難なのだから、
私には不可能だと自覚している。

だいたい、友達は作るものではなく、なるものだ。
友達欲しい!友達作りたい!友達増やしたい!
という動機で人に近づく人は
いつか足元を掬われる。
(今話題になっている友達5000人芸人さんもそういうところがあったのではないか?
友達が欲しいというのは自己中心的な欲であって、相手を考えていない)
この人面白いとか好きだとか一緒にいて楽しいとかお互い思って
なおかつ、
バックグラウンドや状況が合えば友達になるのだと思う。

表面だけ、表面だけの薄っぺらい人間なのだ。
私以外のアスペルガーの方の手記で、
心とは、スマホのアプリみたいなもので、
場に合わせて
アイコンをタップして纏う仮面を選ぶ。
というのを読み、
(すみません💦元文献わからなくなりました😥)
深く共感した。
場に合わせてキャラクターを選択することは、
多くの人が普通に行っている人としてごく当たり前の行為だが、
私の場合、OSがない。
生きてるからなくはないのだろう、壊れている。
仮面は仮面ではなく、
仮面を剥がすと空虚がある。
あるいはとてつもなくおぞましいものがそこにある。

人とコミュニケーションを取るにあたって、
軽い相貌失認(超高確率でその人の顔と名前が出てこない)とか、
マルチタスクができないこと(私は3人以上の会話が不能だ、ただし、順番に注意を向けたり話をすることで、3人以上の会話をしている体を成すことはできる)とか、
外見の気持ち悪さ(元々の顔立ちや体型も美しいとは言えないが、それより姿勢の悪さ視線異常、感覚過敏や鈍麻による服装の拘りなどの内面的な醜さが大きいように今は思う)とかあるけど、
人々が私を憎み、軽蔑し、排除にかかる一番大きな原因は、
内面の醜さや空虚を感性として一瞬で見抜くからではないだろうか。
(私は複数の人にお前のような醜い女は一生誰からも愛されないと予言された
人々は一生という言葉を使って私を呪うのが好きだ)
優しい方や、感性や本能の鋭くない方は、
少し付き合ってくれるか、知り合い程度の付き合いは継続してくれる。
しかし時間が経つとバレる。
鋭い方や思ったことをズバズバ言う方、アーティスティックな方(実際は私側としてはそういう方が大好きでお友達になれたらなと思う)ほど、
初対面で「お前嫌い」「関わりたくない」と言ってくる。
夫の親友氏に紹介されたときは、はじめましてで口を開く前に、
俺はお前みたいな人間は信用できない
と言われた。
擁護しておくが、彼はとてもまともで気持ちのいい男であり、友人もたくさんいる。
同様に、何かのご縁で一緒になって(職場とかママ関係とか)、普通にメアドやSNSを交換しようと持ちかけたらすごい顔で断られることが多々ある。
私は当然、私が何か失礼なことをしたに違いないと思いこんで、
(実際してるのだろう)
「好かれる女、嫌われる女」系のマニュアル本や心理学の本などを読んで、
礼儀作法を勉強してきた。
(但し、視線異常と姿勢の悪さ、相貌失認、3人以上の会話が不能なのは直らない
瞬間芸としてその場を誤魔化すことはまあまあできる)
だが、本質はそこにないと最近思う。
医師に、
「私ってシチュエーション変わると人の顔のみ訳つかなくなるんです」
って最初に言っちゃえばいいじゃん!
意外と人気者になっちゃったりして(笑)なんてアドバイスされたけど、
確かに、愛される、面白い、可愛いアスペルガーなら「トリセツ」を提示することでかえって人気が出るのだろうと想像する。
そして、私がそれをすると、押し付けられた!自己中だ!弱者利権!と糾弾を浴びてフルボッコにされることは想像に難くない。

友人が欲しいとか、嫌われたくないというのは
こちらの一方的な欲や押し付けて、
まず相手の気持ちありきなのもわかる。
だから最近は無理にこちらの押し付けて他人と関わろうともしない。
愛されたいならまず愛しなさいというのもわかるし、
私はまず愛してるつもりだがそもそもそれを嫌がられる。
醜女の本当の恐怖と孤独と屈辱は
一生誰からも愛されないことではなく、
誰かを愛することを許可されないことだ。
夫や子供は可愛いし、愛し愛されているのだが、表面的に感じることがある。

夫はとっくに見抜いていて、
人間性が薄っぺらい
と言ってくるし、そもそも原点が、
バカでデブでちょっと可愛いかなくらいの感じなので。
博愛主義者で優しい、何でも許してくれそうとも言われた。
何でも許す?
許すけど、誰か私を許してはくれないものか。
本質は、
やはり私は空虚に闇が広がっているのだ。
人は「ない」ものに興味を持ったり、
好意を持ったり、
ましてや愛することはない。
そういうことなのだと考える。
彼はちゃんと「ある」所は愛してくれてるのだと思う。

布袋さんに出逢って、
生まれてはじめて、私の中に小さな光が灯るのを感じた。
私は自分は人間ではなく、地面に空いた穴なのだと思って、あるいは思おうとしていたが、
やはり美しいものを美しいと感じる人間なのだ
と気づいて、人間だとするとこれはおかしい!
と思い直し受診して発達障害が発覚した。
というか、診断前から自分がアスペルガーであろうことは薄々わかってたけど(笑)
でも、結局のところ、何も変わらない。
お前は何も変われないよ
と夫氏は言う。
布袋を好きになってもどうせ自滅するだけだよ
と夫氏は予言する。
ああ、貴方は賢く、正しい。
でも、正しさをひけらかして何になるものか。
布袋さんは私が人生でたった一度見た希望の光なのだ。
布袋さんを好きになっても、ものすごく正直に言うと、
布袋さんや布袋さんを支えるたくさんの人々、先輩ファンの皆様にとって、
迷惑で気持ち悪いことくらい、私は知っている。
本当に好きなら身を引くはずと言われるのもよくわかる。
逆に、他人の目が気になるなら布袋のこと本当に好きじゃないんだ。とも言われた。
なんだそれ?
諦めても突き進んでもどっちにしても本当に好きじゃないことになるのだ。
醜女の最大の恐怖と孤独と屈辱は愛されないことではない
愛することを許可されないことだ
何かを本当に(定形さんの言う本当にって何ですか?)好きになることを許されない
今回もいつもと同じだ。
何をしたら本当に好きになったと認めてもらえるのだろう?