40歳で布袋寅泰さんの音楽に触れ、
生まれて初めて直に美しいものに触れた。
生まれて初めて音楽の楽しさを本当に知った。
生まれて初めて人に人として優しい言葉をかけられた。
(みんなに・・・であり、私にではないけど
しかし、人に気持ちを汲んでもらったのは初めての経験だ)
生まれて初めて真実の愛を知った。
私の心は浅い狭い汚い薄暗い地下室で、
天井には分厚い天窓がある。
私はその天窓越しに美しいものや面白いものを眺めるのが大好きだったのだが、
布袋さんだけは、
その地下室自体に光を灯してくれた。
布袋さんの音楽は面白い。
常に甘辛mixで、
いろいろな音楽的背景やジャンルを網羅していて、
それでいていつも布袋さんらしい。
乗りやすいビートと、きれいでやさしい旋律。
そして、私の大好きな詞。
完璧だと思った。
布袋さんは完璧。
完璧じゃないところまで完璧。
後追いだよ、ニワカだよ。
でも楽しかった。
布袋さんを聴いているときも幸せだったし、
布袋さんを聴いていないときも、
日常のちょっとした美しさや面白さ、愛らしさに気づくことができ、
布袋さんが胸にいれば、
仕事も夫婦関係も家事も子育ても
今までよりちょっとうまくいく・・・かどうかはわからんけど、
楽しくなった。
しかし、
あるとき、布袋さんのポスターをパネルにしていたら、
「男で言うとセクシー女優さんのポスターを飾っているようなもの」
と言われた。
私は生涯で一番傷ついたし、怒った。
過去にはズバリ本当に屈辱的な性的嫌がらせをされたこともある。
(一応、同性なのでそういうことではありませんが・・・)
それより衝撃的だった。
私は布袋さんに対して性的興味を持ったことはなく、
これからも一切ない。
というか、男性にそのようなことを考えない。
あるいはようにしているのかもしれない。
だいたい、事実は逆で彼の清らかさや愛らしさに心打たれたのである。
このような誤解をされることも初めてではなく私にとってはよくあること。
男性上司に好意を持ったら
(勿論恋愛感情的なものでは一切なく、上司として人として素敵だなと思っただけである)
性的興味と勘違いされ激しく拒絶されたこと×2回。
醜いということは、
女性にとって悲劇であり、屈辱である。
自己ギレなんですよ。
私がきれいで上品で爽やかなふつうの女性だったら
そんなこと言われなかったし、
言わせなかった。
言われたとしても言う方がおかしいですよね?
ちなみに、言った人はそういうつもりで言ったのではなく、
「そんなデカイポスターやめてくれよー」
的なライトな意味合いであることも私は理解している。
それでも、
私は、
自分にはないと思っていた秘められた心の手付かずの純粋で美しいところに、
汚物まみれのナイフを刺されたように感じた。
一度汚れたのもがきれいになることはない。
いつもならその一件で布袋さんfanを目指すことは諦めるところだ。
美しいものを汚す趣味は私にはない。
だいたい、
私に好意を持たれて嬉しい人はまずいない。
(全くいないとは言わない)
ふつうは、気持ち悪いとか、なんかされそうとか、
嫌悪と軽蔑が先立つのである。
でもまあ、布袋さんは何十万人とfanのいる芸能人だから、
そこまで考えるのも自意識過剰で、それはそうそう気にする必要はないかもしれない。
いや、考えたほうがいいのだろうか?
ところで、私はそれまで自分を地面に開いた穴のような装置だと考えていた。
あれこれ考えた末、それが一番すっきりと説明がつき、真実に近いと考えたのだ。
私としてはそんなつもりはないどころか、好意と善意を持っているのに、
人にはそう思われない。
私の好意は人にとって嫌がらせになり、
私の尊敬は人にとって馬鹿にされたになり・・・。
実母はじめ人間関係は9割がたそうで、
いつも人に嫌われた。
そして、ストレス解消のはけ口というのが、私に与えられた人類に役立ち喜ばれる唯一の役割だった。
(被害妄想ではなく実際に、まったく関係もなく時期も違う複数の人に”ストレス解消人形”と言われた)
私はそれが人が悪い、とも考えない。
若い頃は世間を恨んだこともあったかもしれないが、
そこまで馬鹿じゃないので、
万人が口を揃えて同じことを言い、私を嫌うのだから、
私には認識できないがおそらく私が悪いのだろうと考えた。
(一応は何とか治そうとはした
愛される人嫌われる人系のマニュアル本を一生懸命読んだり・・・)
ところが、ほかの人と同じように
美しいものを美しいと感動する心があるのだから、
穴ではなく人間なんだろうと気づいた。
(私はだいたい、離人感・・・自分が自分でないような、
常に演技しているような、まあ実際にしているのだけど・・・
一枚ベールをかぶせたような
心根の持ち主で、いつだって自分のことが他人事のようなのだ
そんなわけで、実はたいして気にしていなくてへらへらしてたりする)
そこで、大人の発達障害を扱う精神科を探し、
(これが少ないし、大人の発達障害が話題になって混み合っている)
自閉症スペクトラム障害と診断された。
布袋さんに出会わなければ、これはなかった。
それだけでも布袋さんに感謝の念は尽きない。
自閉症スペクトラム・・・人の形をした地面に開いた穴と考える以上に
不可解な出来事の数々にすっきりと説明がつく。
真実とはシンプルでそれひとつで全ての説明がつく美しさがある。
偽りなら、多数の注釈を必要とし、美しくない。
障害を受け入れた上で、
夫と良好な関係を保ちつつ、
布袋さんfanを目指す方法を考えた。
ギターを弾く。
最高!
しかし、エレキギターとは弾ける確率20%くらいの難度の高い楽器である。
実は一度挫折経験がある。
そして、私はピアノを13年習って弾けないレベルの超絶ど音痴である。
しかも、楽器の習い始めはかなりの練習時間を必要とする。
あまり現実的ではないなと考えた。
(こう見えても私のモットーはまず、子育て第一です
そして、バイトもしている
次女が小学校に上がったらフルタイムで働くつもりだ)
夫の助言もあり、
憧れ布袋さん女子をモデリングして近づくということを考えた。
憧れ布袋さん女子の皆様・・・。
お美しく聡明で、何より美的センスに優れていてアーティスティックだ。
お洒落でていねいなくらし。
お仕事でキャリアを積まれている方も、
手抜きをせず愛情こもった子育てされてる方もみんな素敵だ。
何より人間性が素晴らしい。
芯が強いのに愛らしく優しく柔らかで、兎に角皆さんお美しいのだ。
このような女性に愛されることは布袋さんにとっても誇りだと思うし、
(ぶっちゃけ、布袋さんって美人布袋さんfanお好きですよね?
見ててそう思った!
布袋さんは優しいから、
きっと私みたいな不美人のおばちゃんでもほかの男性アーティストみたいに後ろに行けとか言わないだろうだけど・・・)
布袋さんfanからもそういう素敵な方々が仲間なのは嬉しいと思う。
そしてもちろん、ご家族の共感や支持、応援も得ている。
同じ布袋さんfan男性とご結婚の方もいらっしゃるし、
親子で布袋さんfanの方もいる。
そういう女性なら夫や子供も、ママが布袋さんfanであることを嬉しく思うに違いない。
・・・・・・。
何もかもが私とは正反対である。
しかし、”なる”というのはまあ遠すぎる目標で、”近づく”なら・・・。
不器用ながらG柄ネイルをしてみたり、
ローストビーフを作ったり、
ダイエットもしている。
苦手の片付けも、障害者福祉のヘルパーさんに教わりながら、自分で頑張っている。
ただ、これらのことは付け焼刃であり、
憧れ布袋さん女子の方々は長い人生、
私とは違って芯と意志の強さと血のにじむような努力の積み重ねで、その美しさを獲得したのである。
しかも、
「もし憧れ布袋さん女子のような完璧な女性になったとしても気持ち悪い」
と言われた。
そこで私は目標を見失った。
ああ、憧れ布袋さん女子を実際に知っていたら、
そんなことは言わないと思う。
憧れ布袋さん女子は気持ち悪くなんかないし、
美しく可愛らしく、どこまでも爽やかで、
布袋さんを新興宗教のように崇めているのではなく、
それぞれの美しき心や日常を彩る光のようにポジティブにfanをしている。
彼女たちの笑顔が見られるのなら、
彼女たちの美しさや誇りの原点の一つであれば、
愛ある家族なら何でも喜ぶはずだ。
そもそも私は愛されているのかな・・・。
愛しているのなら笑顔でいて欲しいと思わないのかな。
愛しているのなら自尊心を傷つけることを言うだろうか。
(布袋さんが美樹さんを性的に罵ることなんて絶対ありえない
布袋さんは誇りや気品をとても大切にされている方で美樹さんを心から愛している
おそらく布袋さんなら背中に銃口を突きつけられても美樹さんを性的に罵ることを拒絶するに違いない)
愛ではなく共依存とかそういうのではないだろうか。
それであったらそもそも100%私が悪い。
確かに私は夫が大好きだし尊敬しているけど、
私は自分が装置だとしか考えていなかったから、
夫には実母に代わる実母よりマシな自分のマスターを選んだのかもしれない。
人と付き合うのが非常に困難で、
人と心を通わせることは絶望的なのに、
一人で生きられないのが私の悲惨なところだ。
と言うか、生きていていいのか!?
と言うわけでそもそも
私が心から夫を愛していなかったのかもしれない。
真実の愛とは主従の関係ではなく、
布袋さんと今井美樹さんのように二つの別個の人格を認め、違いを認めた上で尊敬しあい、高めあう関係をさすのではないだろうか。
(それは布袋さんと出会うずっと前に疑問を呈したことがある
そして、お前のどこに尊敬できる要素があるんだと一笑に付された
私は尊敬や敬意とは自分を下に置くことではないと考えている
女性であっても男性と同じ価値のある魂を持っていると私は信じている)
夫は私を心から愛しているが、
よく考えると、
夫は私の興味ない話を聞かないが、私は夫の興味ない話でも聞いている。
夫は私に口出しされるのが大嫌いだが、夫は私に口出しする。
この間ヘルパーさんと掃除して彼女に指摘されて初めて気づいたが、
夫は私の…。
疑っているのではない。
責めてもいない。
そもそもは、私が彼に私のマスターになってほしいと頼んだのでそうしている(主従の関係)そうだ。
対等な自立した大人の女性なら彼だってそれに越したことはない。
彼は本来、芯の強い美しい大人の女性を好んでいたのだ。
(結婚したことを申し訳ないと反省している)
別にこのこともネガティブにとらえているわけではない。
共依存から、真実の愛が生まれることもあるかもしれない。
頑張っているが、人々が喜ぶような
美しく聡明で明るく爽やかで優しく有能な布袋さん女子になれない・・・。
たぶん一生たどり着かない。
それはやっかみとかではなく、
そもそも欠落して生まれてきたのもあるが、
人生途中からある意味投げ出していて努力を欠いていたせいも大いにあると思う。
いや、人間社会に溶け込めるよう、というか、
いじめられたり暴力を振るわれないためという実に卑怯な理由で
ある種の努力ならしていた。
偽装マルチタスクや定形女子演技。
(二人も子供産んどいてなに言うんだと思われるかもしれないが、
実の所私は自分が女性であるという確信が持てない
ただし、男性ではもっとないので消極的に女性だ)
少しきれいに言うと、私だって知らず知らずのうちに人に嫌われたり嫌がらせととられることは本意ではない。
別に私は誰かに嫌がらせをするために生まれてきたのではない。
いっそ、開き直ってしまうのもいいかもしれない。
音楽好きのおしゃれなおばさんってキャラも難しいし、
憧れの的の大人の女性が実は布袋さんfanというキャラも無理。
どうせ汚れたものはきれいにはならないわけだし、
あっさい地獄の底に蠢く醜い魔女が天使(布袋さん)に憧れた・・・
みたいなキャラもそれはそれでロマンティックでアリかもしれないな。
(自分としては素のキャラだから超やりやすいし大いにアリなんですけど)
いや、ナシかな?
私は別に、誰かに嫌がらせがしたいわけではないのだ。
しかし、文章を読み返すと私は個性も何もなく、
実に典型的な教科書どおりの大仰型アスペルガーなのがよくわかる。
アスペルガーの長所たる個性とか芸術性すら皆無なのである。
大仰型にたどり着くメカニズムも説明できる。
ふつうの人が、ぱっと5回路くらい使って瞬間的に感じたりできることを、
私は1回線ぶん回してぶん回してするので、
大仰型になってしまうのだ。
そしてそれは悪いことばかりではなく、
思考を全力投球でぶん回しているお陰で、
一般就労でトラブルなく仕事したり、
一応の人間関係を築けたりしているのである。
それから、改めて…。
マジでキモ過ぎる…。
本当は私は自分がこういうキャラなのが嫌なのだ。
定型発達に生まれたかった。
定型発達の女性大好きだし、爽やかで、上品で、キラキラ輝いていて、尊い。
(もちろん、定型発達女子の皆さまが
日々の努力や積み重ねの上で美しさや爽やかさを獲得してることは百も承知ですし、
私なんかよりよほど御苦労を重ねられてる方が殆ど
その上で美しい笑顔を見せてくださっているのです)
布袋さんに出会ってすぐのときは、
定型発達に生まれ変われたような気すらした。
キモくない、暗くない、ダサくない!
軽い!(いい意味での軽さと言う意味、
今のような醜女の深情け的な不気味さやねちっこさ、醜さがなく、
爽やかに日々を頑張る道標として布袋さんがいらっしゃるような…
私だって別にこれまでも今でも
夫に疑われ叱られたように
朝から晩まで布袋さんってわけではなく、
誰もいない午前中とかに週数回聴いているだけなのですが
まあ、朝から晩まで布袋さんのことを考えてるのは確かだけど)
でもいつもどおり、
いつものパターンでキモ!と指摘され、
やっぱりいつものパターンに戻ってしまった。