音楽は苦手だし嫌いだった。

両親はクラシック好きで、ピアノを習っていたが、それがよくなかった。

音楽に関して良い思い出はない。

良い思い出がないくらいで音楽自体嫌いになるならその程度なんだろ。

という反論が予想されるが、

それはそのとおりであるが、プロのミュージシャンではなし、

一般人の趣味にかける愛情はそのくらいだろうと思う。

(ところで先日同僚とおしゃべりしていて、

私が13年ピアノを習っていたのに全く弾けなかったという話を思い切ってしたら、

彼女も4年で赤バイエルから抜けられなかったそうだ

なんだかものすごくほっとした

彼女を悪く言ってるのではなくて、ピアノって練習すればアマチュアレベルには弾けるものだと思い込んでいたし

周囲もそういっていたから私だけに何らかの障害があるのだと思ってた・・・

彼女は有能だし素敵な人です)

 

子供の頃は本ばかり読んでいた。

お陰で田舎の小学校では勉強ができたほうだし、

「お前はお嫁さんになれるほど他の女の子みたいに可愛くないし、

何の取り得もないんだから勉強だけをしろ」

と言われていた。

後述するが外見的な醜さも生涯私を苦しめる一因とになる。

 

実の親に可愛くないと言われ、

学校では男子にお前が触ると汚いから俺の机を拭くな俺の給食を配るな

と言われたりBB弾の的にされたりしていたが、

正直なところ、鏡を見てもそこまで言われるほど醜いとは思っていなかった。

(美しいとも思わない、念のため書いておく

鏡を見れば見るほど特に問題なく普通以下の平均範囲内にしか見えないしメイクをすると更にそう見える)

どちらかというと性格が悪いのだろうと思っていたが、

上京して見ず知らずの女性に外見を指摘して笑われたり、

好意を持った男性(恋愛的な意味は1mmもない)複数に勘違いするなブスお前なんか金貰ってもやれないと罵られたり、

知らないおじさんに当時としては信じられないほどの格安料金で円光を求められたり(応じていない)するうちに、

世間一般の美の基準と私は大きく乖離しているのだろうと諦めがついてきた。

ただ、ダイエットしろというのは親からも親戚からも、

それこそ見ず知らずの赤の他人からも口を酸っぱくするほど言われていて、

それで痩せなくてはならないと思った。

 

母は苦労人だった。

父は田舎のちょっとした名家(名家ってほどでもないが悪い意味で名家で地元では実家は家ごと嫌われていた)

の坊ちゃんで、

優しい人だったが上げ膳据え膳の暮らしで、

家が傾こうが気がつかないし家事はタオル一枚出すことすらできなかった。

(後年、かなりできるようになった)

母は一人で家の仕事と、煩雑な近所づきあいをこなしながら三人の子供を育て、

外に働きに出るようになった。

後年母の給料が一家の大黒柱となる。

経済的な苦労の中、母は三人の兄弟で一番勉強ができた私に賭けた。

欲しいものも我慢して、世間の冷たい目にも耐え、金銭の多くを私の教育費に費やした。

 

私が女子としての外見的な魅力を獲得することを完全否定する割りに、

彼女は私に痩せるようにと口うるさく言っていた。

中学、高校と進学するたびに学業の成績も落ち、

彼女の気に入るようにならなくなってきたが、

(何度も口論したのを覚えている

「あなたは私のことなんてどうでもよくて世間に自慢できる娘が欲しいだけでしょ!」

彼女の返す言葉は

「あんたに世間様に自慢できる要素なんてないでしょ(高笑い)」)

そうだ、いつだって嗤われる。

真剣に訴えれば訴えるほど晒され、笑いものにされるのが常だった。

 

何故痩せなくてはならないのかわからない。

今思えば私の自然体重は161cmで57kg~62kgくらい。

はっきりいってデブなのだが、もし男性でこのくらいの体型だったら

汚い、臭そう、清潔感がない、常識がないと罵られたり暴力を振るわれたり、

見ず知らずの通りすがりのおじさんにデブジェスチャーをされたり、

見ず知らずの通りすがりの美女軍団に指をさして笑われたりしないだろう。

(美女は大好きだ、正直美男以上に好きだ

しかし、美女軍団は苦手だ

彼女らは高確率でブスを見るとプークスクス、クシャクシャ、あの人・・・を始める)

だからこれは今思えば性差別の一つなのだと思う。

とは言っても世間はそのようにできているし、その国で生まれ、

餓えずに暮らせているのだから個人的な事情や我が儘は言わず、痩せなくてはならない。

 

学業は振るわず、成績は高校でも下位の方になっていたが、

どういうことか、入試の日だけは運が良かったのか、

母の納得できる大学に合格できた。

実は併願で受けていた家政科の方に私は行きたかったのだけど、

そこを受験することを父も母もよく思っていなかったし、

(父にも成績が落ちた言い訳だとばっさり切り捨てて、私の訴えは聞いてもらえなかった)

母の好みそうな高偏差値の大学に入学した。

何故か入試に成功しただけで勉強ができるわけではなかったので、

講義はさっぱりわからなかった。

音楽については諦めてなく母の好みそうな合唱サークルにも入ったが、声楽の経験もなく、声量や声質も良くないのでそこでも上手く行かなかった。

上京しても外見で嗤われることが多く、親や親戚もうるさいので

一念発起してダイエットに取り掛かった。

(実家にいる時は体型を口うるさく注意される割に、ご飯を残すと怒られるのでなかなか本格的なダイエットはできなかった)

摂食障害になって大学は中退することになったのだが、

そのとき、

母は私の体調や精神を心配する言葉はひとつも吐かず、

大学の卒業式の準備に興じる他の学生を見て泣いた

という話を私にしてきた。

 

以来、母の私のポジションは

「自己実現のためのお人形」から、「私の人生を台無しにした放蕩娘」

に転落した。

彼女は私を愛してはいたのだが、結局登場人物か舞台装置でしかなかったのだ。

母の記憶も自身によって書き換えられている。

例えば、料理なども、10代の頃実家のおさんどんをしていて家族も舌鼓をうっていたはずなのに、

出産の為に規制したら、彼女の中では

「料理のできない娘」に書き換わっていた。

以前彼女は、

「あんたと私、どっちが正しいか親戚中に聞いて回れ(高笑い)」

と言い放ったが、

彼女は根回しもしっかりしていて、

親戚の人の中でも「苦労人の優しいお母さんと放蕩娘」というストーリーが出回っていて嫌味を言われた。

 

ただここまでは全て私目線の話であり、

彼女や第三者に聞いたらやはり、かわいそうなお母さんととんでもない馬鹿娘という話になるだろう。

また、特に私が苦労したとか正しいとも思っていない。

母はよく、TVに出てくる天才少年、少女や子役などを見て

「こんな子供にどうしたら恵まれるのか

1日○時間も練習して遊ばないんだって」

と言っていた。

私が彼女の望む子供ではなかった。

 

私は「人間の性格を一種類しか知らない」

と言って夫を呆れさせたことがあるが、

人の心が様々なかたちをしていて、美しいところやきれいなところ、可愛らしいところが9割を占めていることも知識としては知っている。

ただ、私に対する人の心は

「嫌悪と軽蔑」

それ以外知らなかった。

 

性格的にはみんな、

私のことを

「性格が悪い」「性格が悪い」と口を揃えるが、

本人はどこが悪いのかいまいちわからない。

他人のことを自分から嫌ったりしないし、

自分と違う外見や生活習慣にも寛容な方だと思う。

自分のことを高く見積もりもしないし、人の悪口も、若い頃は言ってたけど今は言っていないつもりだ。

 

何故か、

私は自分のことを高く見積もっていると勘違いされる事が多い。

謙虚に振舞っているつもりなのだが、

そういえば外見問題に戻るが、

誰かに「可愛い」「綺麗」と言われたことがないのに(実際可愛くもきれいでもないからそれはいい)

「お前、自分の事可愛いと勘違いしてるだろ(嘲笑)」

「お前は自分が思ってるほど美人じゃない」

は子供の頃からしょっちゅう言われた。

さすがに40代となった今は言われないけど、

子供の頃は本当にしょっちゅう、30代あたりでは年に2回くらい言われていた。

正直、自分の外見はみんなが言うほどは醜くないと自認しているのだが、それを見抜かれているのだろうか。

(醜いとはきちんと自覚している)

一体、人々は私がどのくらい謙虚に振舞えば好意を持ってくれるのだろう?

途方もない大きな山を見上げているような気分になる。

 

性格については何故かみんな口を揃えて

「真剣にやっていない」

と決めつける。

私は真面目にやっている。

ただ疲れて休息を必要としているだけだ。

極端な運動音痴で、真剣にやっている(授業の為に自主練をするくらい)

のに、

「ふざけるな!

お前のその腐った人間性なら一生駄目だな!」

と複数の体育教師に人間性を罵られたが、

持てるものは持てないものの気持ちなどわからないものだ。

運動ほどではないが、同じ理論で音楽教師や音楽ファンにも嫌われた経験しかない。

唯一好きだったのがピアノの先生で、この人はのんびりしていて、

できなさを人間性と結びつけたりせずいつもニコニコしていた。

X JAPAN(当時はX)のファンだったな・・・。

大嫌いなピアノ、この先生と会ってリラックスしたかったのも続いた理由だったかもしれない。

 

人生に転機が訪れたのは夫との出会いだった。

彼は私をディズニーランドに誘ってくれた。

ディズニーって正直並んだり大変だし、ただしたい女性を誘うデートスポットじゃないでしょう?

それ以前に彼は私に好意を向けてくれていたし、

ディズニーに誘ってくれたのにぐっときてしまって。

(ただ、後日彼は男性としてはディズニーランドが大好きで誘った=本命の女性というわけではないことが判明する)

人を好きになることは許されていなかった。

人は私を人が好きじゃないと叩くが、多くの人は私に好意を寄せられることを屈辱と捉える。

好意といっても別に友情や恋愛に限らず、ここが素敵!みたいなうっすらとした好意だったりするのだが、それですら許されない。

 

夫の母、義母は最高だった。

私のことをそのままで好きだといってくれた人は生涯夫と義母の二人しかいない。

彼女の私への評価は

「可愛くて素直」

だったが、さすが変人といったところ。

可愛くて素直、その反対ならみんな言うのに。

私に限らず、義母は人をリラックスさせる不思議なオーラを持っていた。

喫茶店を開くのが夢の一つだったけど、それは叶わなかったけどお店を持てたら素敵だっただろうな、と思う。

 

彼女がいなくなってしまったので私は本当に困ってしまった。

それが子供を作った理由のひとつでもあったけど、

愛すべき対象がいないのは大きな苦痛だ。

 

子供達は可愛い。

おしゃまで女子力がやたらと高い長女も、

やんちゃで暴れん坊の次女もそれぞれ可愛い。

長女が生まれた頃はやはり

「世間様に愛される女性に育てなくては」

というプレッシャーが強く、きつくあたってしまったが、最近は彼女達はそのままのかたちで美しいのだと思う。

 

ところで私の性格はかなり子供っぽく、

夫はそこを可愛いと思っていたそうだが、

本物の子供と触れ合うことで夫も私の真実に気付いたようだ。

(責めていない、

彼が気がつかなかったことが幸運だったのだ

みんな私のことをキモイ、キモイと最初から見抜いて言う

むしろ彼が化け物を天使だと思ってくれていたのだ

それが恋の魔法なのかもしれない

最近、アンデルセンの人魚姫をよく思い出す

あの王子様って子供の頃は非常だと思っていたけど、大人になって読むと人魚姫を愛していないわけではなかった

人魚姫のことは浜辺で拾った口の利けない子供として愛していて

一人の女性として愛している隣国の姫に出会っただけなのだ)

 

布袋さんとの出会いは大きかった。

beat7BD、そんなに強く衝撃を受けるような感じではなく、

じわじわと気に入って毎日観ていた。

私は反出生主義ではあり、自分がこの世に産まれたことが間違いだったと今でも信じているが、

責任感もあまりないがゼロというわけでもなく、

多くの動植物を殺し、多くの人を犠牲にして生きてきて、

しかも二人の子供の母親でもあるのだから、

役目だけをきちんと果たしてやることをこなしてまあ表面的なお楽しみもたまにあるかな?

で残りの半生を送れたらいいしそれも許されなかったらそれでいいと思っていた。

しかし、布袋さんの音楽を聴いていたら、

私も地面に開いた穴ではなく、人としての暖かい心が芯に残っていることに気付いた。

そんなの詭弁だ、と反論が予想されるが、

本当に布袋さんと出会う前の私と出会った後の私では全く違う。

自分でも気付かなかった暗闇に、暖かくほのかな光を灯してもらったような気持ちだ。

(ただし、反作用として、押し込めていた心の傷が溢れてしまうこともあるので、外見的には良くなったように見えないだろう)

特に『DEAR MY LOVE』は名演だな・・・。

ヴォーカルとかもしかして布袋さん的にベストではないのかもしれない?けど

布袋さんの暖かさや優しさが強く伝わる。

布袋さんのギターなんか不思議な音がするんだよね。

ギター詳しくないから上手くいえないんだけど。

(そういう理由でギターを習いたいと思った)

 

布袋さんの音楽に出会って、

表面だけこなすのではなく、夫や子供も心の底から愛せるかもしれないと思ったし、

布袋さんファンは本当に素敵な人ばかりでいつも刺激を受けている。

私はクオリティの低い人間だと言われ続けているが、

布袋さんファンの方は美意識が高く、本当に手を抜かない方が多い。

だから、布袋さんを応援することはきっと良いことなのだろうな・・・

とそのときは楽しい計画がたくさん浮かんできて、

やっと本当に心の底から笑える日が来ると思った。

性格のことも、クリニックに行くとか、幼稚園でやっている講義を4月から初めて、いくらか改善するかもしれないと希望を持っていた。

 

まさか、それが破滅への第一歩だとは全く予想もしていなかった。

(破滅自体は常に予想している)

布袋さんは私の生涯で最後に見た光だったのかもしれない。

そして、光を見ることは許されていなかったんだ・・・。

私に好かれることは誰にとってもマイナスにしかならないことも自覚している。

(私が過去に好きになった芸能人はみんな私の周囲の人に馬鹿にされた

除:他人の影響で好きになったREBECCA

ブルーハーツ好きも超馬鹿にされたけど、ブルーハーツは夫氏が気に入ってくれたので助かった

自分のせいで自分の好きなものが馬鹿にされるのは耐えられない

だから、マツコ・デラックスさんがカトパンさんが『糸』が好きだといったことを

「下心」「汚い女」と罵った事は他人事ながら許せない

というか、何故女性は純粋に音楽や芸術をすきになることはないという偏見があるのだろう?

女性が「○○が好き」というと、「あざとい」とか「○○が好きな私可愛いだろ」と小馬鹿にされるのは何故?

女性にも心はあるのに)

 

お前みたいな苦労知らずのデブスの頭悪い我儘オバサンが知った口を利きやがってという反論と嘲笑も予想されるが、

そうかもしれない。

それにみんなが言うこと、それこそが真相なのだ。

私は地面に掘った穴。

全ての人間に軽蔑と嫌悪をされるために生まれてきた人間。

特に自分を正当化しているわけでもないし、怠けの口実を作りたいわけでもない。

みんなが言うことこそ正義なのだということも知っている。

ただもう、疲れました。