26日(日)に、
第13回IFC国際交流会のスタッフとして
参加してきました。

今回のテーマは、"アフリカの風"
最近まで、「あいのり」に出演していた
ヒデの講演会でした。

実は、「あいのり」というテレビ番組を
きちんと見た事が
ないのですが、
あいのりファンにとって、
ヒデは、大スターの存在。

テレビの中のヒデが
どんな人物に映し出されていたのかは
わかりませんが、
私のヒデに対する印象は、
終始一貫して、丁寧かつ
誠実な方という感じでした。

準備段階で、
初めてお会いした時も、
目を見て、
きちんと挨拶をしてくれました。

講演会を聞いて、
その終始一貫した態度の理由が
わかりました。

あいのりワゴンに約2年間乗り、
いろいろな国の
いろいろな人達と出会い、
自分は、誰とでも
同じ態度で接しようと
思ったそうです。

そして、
ワゴンという密室の中で
恋愛を考えたとき、
外見よりも
中身が大切と
しみじみ思った、
という話もしてくれました。

そんなヒデの話し方は、
流暢なとは、
とても言えませんでしたが、
経験からくる
とても説得力のある
お話でした。

なので、講演会後の
マサイマーケットでは、
ヒデがデザインし
現地の方々が作ったという
アクセサリーの販売を
はりきって
手伝いました。

写真は、私が購入したブレスレット。
ヘマタイトという石で、
集中力を高めたい時に良いそうです。
あと、この石は、
悩みを前向きにさせてくれるとか・・・





何か、行動してみる。

考える前に、行動しちゃう。

今は、そうするっきゃない。

With your intelligence,

you are making the things

twice as complicated.

高校時代からの親友ケメコからの
今年の年賀状は、
「パン御殿誕生しました!」
の一言と
パン御殿の前に、
バンザイして立っている
ケメコの写真。

そのケメコから、
久々にメイルが来た。

「自宅も兼ねた店だから、泊まりにおいで。」
と書いてあった。

ケメコは、北海道が大好きで、
高校時代は、
「大農場の嫁になる。」
と言っていた。
母親の実家が専業農家だったから、
その大変さを知っていた私は、
「大変だよ~。都会暮らしの私達には、無理だよ。」
と言い切った。
でも、ケメコは、そ知らぬ顔。

そして、大学で農学部に入り、
実習を重ねるうちに、ケメコは、
「アッコの言う事は正しかった。
 大農場は、やめとく。」
とあっさり私の見解を認めた。

卒業後、普通に都会で就職しつつ、
それでも北海道に憧れたケメコは、
なんと、
わざわざ、北海道の帯広にある
小さな小さな会社に転職。

まずは、「北海道に住む!」
という夢をかなえたのだ。

その時のケメコの私への一言
「いやぁ~私は小心者だから、
 アッコみたく、海外に行く勇気は
 無いのよ。」

いやぁ~、誰も知らない、
生活もした事もない場所で、
しかも飛行機に乗ってたどりつく場所で、
就職するなんて、
立派な海外生活です。

帯広で生活するうちに
ケメコは気がついた。

近所に、パン屋がない!
大好きなパンが食べられない!
パン屋を開こう!

そう決意したケメコは、
1年間実家に戻り、
パン屋の専門学校へ。

そして1年半後には、
小さいながらもパン屋を
開いてしまう!

ちょうど、
私が留学から帰って来た年の
ことで、
箱に、10種類くらいのパンを
つめてクール宅急便で
送ってくれた。

すっごくおいしかったのを覚えている。

いやぁ~
素晴らしい。
どうして、
私の周りには、
こんな自立した素敵な女性が
多いのだろう。


ケメコいわく、
その日に全部売れる数のパンを
焼くらしい。
そして、
全部売ったら、
とりあえず自分が生活できる
収入につながるだけの
数を売っているとのこと。

近所にパン屋がないから、
固定客をつかむのにも、
そんなに時間は
かからなかったらしい。


パン屋どころか、
ケメコは立派な女社長です。

と言ったら、

「パン焼き職人兼
 売り子兼
 掃除人兼
 会計兼
 雪かき人兼 
 ○○○兼
 なんでもや
 の社長だけどね。」

との答が返ってきた。

そのケメコが、
自宅兼のパン御殿を
完成させた。
白い、三角屋根の
素敵な建物。


写真をここにアップしたいけど、
パソコンが好きでない彼女は、
デジカメも持っていないとか。


帯広に
訪れることがあったら、
是非訪れてみてね。
お店の名前は、
「パン舎」



よりどりみどりだ!!パンバイキング【送料無料】の3種類★2380円のコース!!
というテーマのセミナーに参加してきました。
どのような可能性があるのかと思い、
気軽に参加してしまいましたが、
問題は、とても深く、難しく、
私ごときが気軽に対処できる問題ではない
と感じました。



パネルディスカッションでのスピーカーは、
福岡にある留学支援するNPO協会の方と、
横浜の留学斡旋会社の方と、
NPO法人不登校新聞社で働く信田君でした。



留学支援NPOや、留学斡旋会社の方々は、
実際に、不登校や引きこもりの生徒を留学させた成功例を
たくさん述べてくれました。

成功理由は、

1.原因となった環境から距離をおき、環境を変えられる。

2.甘えが許されないから自立が促せる。

3.海外では、できないことへの評価より、
  できたことへの評価をしっかりしてもらえることにより、自信がつく。

4.不登校の状況を知らない環境なので、前向きな思考を取り戻せ、
  自身の精神的成長を早められる。

5.個性重視の海外で、特異な存在ではなくなる。

6.海外での経験が日本の大学進学に生かせる。

等々。



どれも、留学経験者であれば、
納得できる理由です。

ただ、
こういった不登校・引きこもりによる海外留学が
容易にできるような基盤は、
費用等の面もあり、
まだまだ、整っていないようです。



それよりも、日本国内で、
こういった事ができない状況の方に、
問題を感じました。



なので、信田君の発言に、私は、とても魅かれました。

信田君自身は、
中学からまったく学校に行っていない、現在24才。
NPO法人不登校新聞社で記事を書いて働きながら、
都内で一人暮らしをしているそうです。
現在不登校者数は、小中学生合わせて、12万人。
信田君自身は、留学はしたことはないけれど、
学校を変えるような環境を変えることで
本人も変わる事例はたくさんあると言っていました。



信田君はフリースクールという学校に入り、
そこで、
自分で何を学びたいかを、
自分で考え、
それを意思を持ってやることで、
それを忘れないし、
責任が生まれ、
やる気も出るし、
と言ってました。

あと、大人が子供と対等に向き合い、
話をすることが大切
とも話していました。



こんな事、気がついているってすごいです。

こんな事、思いつかない人、たくさんいると思います。



不登校生徒になっても、
学校に通っていなくても、
好きな文章を書き、
責任を持って記事を書き、
自立して強く生きている。



なんだか、
私は、とっても
とっても
魅かれました。



不登校というのは、
社会人に言い換えれば、
「会社辞めたい病」
と似ていますよね。



社会人は、会社辞めたかったら、
辞めて、転職というチョイスができるけれど、
子供は学校を普通辞められない
という点で、
子供の方が大変だなぁと
思いました。





信田君ともっとお話したかったです。



セミナー終了後、
隣に座っていた、これから留学したい女の子の
質問攻めに、馬鹿丁寧に対応しているうちに、
信田君は帰ってしまったようでした。





先週末は、都内で初雪。


New York にいた時の、

初雪の日は、

私が、寮をMove Outする日だった。


On Campus Housing Office との

度重なる交渉をやっと終えて、

2Semesterの契約で入った寮を

1Semesterだけで出れる事になった。

もちろん、

寮費も、2nd Semester は

払わなくて良い。


そんな私のMove Outを手助けしてくれたのは、

Aural Communication のクラスで

仲良くなったChinese3人。

シャン・ウェイ、シャオ・ピン、ワン・チュウ



Fall Semesterは、

自分の専門が週4クラス。

International Student向け必須講座が

週2クラス。


なんだか、これだけじゃ、

つまらない!

もっとクラスを受けよう♪

と思い

Aural Communication のクラスを

とることにした。


ところが、

実際に授業が始まってみると、

超忙しくて、

後悔・・・


でも、このAural Communicationクラス

で知り合ったChineseのお友達は、

とっても優しかった。


雪がまだ降り続けている朝、

寮近くの図書館前に集合。



寮内で引越しする時用の

カート(リヤカーみたいなの)だけど、

近くだからと、オフィスで借りて、

East4thにある寮から、

East9thにあるアパートへ

4~5回往復して荷物を運んだ。


おかしいなぁ~

日本からは、スーツケース1個

大きなバックパック1つ

しか持ってきてないのに。



雪でべちゃべちゃな道。

雪で凍っている道。

雪で車輪が埋まっちゃう道。



かのブロードウェイも、

かのTOWER RECORD前交差点も、

かのAstor Place広場も、

カート引っ張って

渡っちゃう!


シャリシャリ~

2階建て観光バスの中から、

観光客にジロジロ見られても

へっちゃらさ。


スルスルゥ~



4人で引っ張ったり、

押したり、

溝にはまった車輪を

掛け声で持ち上げたり。


ゴロゴロゴロォ



みんなの笑顔を思い出した!

引越しなのに、

階段の登り降りたくさんなのに、

重い荷物なのに、

笑顔しか思い出さない。


楽しかったぁ!

楽しい!


なんだぁ~?

3人の活躍ぶりは!



引越しが終わって、

3人には、

鍋で炊いたご飯の

おにぎりで

おもてなしした。




これが

その時

私が示せた

精一杯の感謝の気持ち。




みんな

今、何しているかなぁ?

アメリカにいるのかなぁ?

中国かなぁ?

3人とも国費留学生だったから、

きっと

それぞれの分野で、

活躍していると思う。




また

どこかで

初雪を

迎えて。






きっと活躍していると思う。










今日も、ハオロンと話した。

伝えたい事があった時、

その時に、伝えるのと、

その時に、伝えなかったのでは、

どちらが後悔しないのか。

そう。


伝えたい事をすぐに
伝えた方が、
あとから後悔しない。


大好きも。
大嫌いも。



すぐに伝える。
その結果によっては、
またすぐに伝える。



伝える。
伝える。




そうしたら、
後悔しない。

木曜日のことになってしまったけれど、
一橋大学
教養ゼミ「がんばらない一期生」による
インプロ発表会は最高でした!!!


主催者のドミンゴ、
一橋大学の教養ゼミの
インプロクラスの学生たち、
私たち即興実験学校

絶妙なコラボレーションでした。

やっぱり、
もっともっと
インプロをやりたい!

がんばらないインプロ、
大好き!

学生達が、
あんなに生き生きと、
自己表現をしているのを
見ると、
インプロは、絶対にいい!
教育の現場に
もっともっと
取り入れてほしい!
って思ったよ。


アメリカから帰国して、
Improを日本でやっている
場所はないかなぁ?
と探していた時、
日大芸術学部の
「演劇と教育と研究会」で
即興についての発表が
あるというので、
迷わず出席した。


その研究会で、
「インプロの日本におけるPioneerになる」と
豪語していたドミンゴ、
そして一緒に
即興実験学校を主宰する
ひろみに出会った。

インプロを知っている人は、
もっと前から、
日本にいると思うけれど・・・

なんて思ったけれど、
そのドミンゴは、
今では、一橋大学で、博士論文を
書き、
自分の言ったとおりの道を
まっしぐらに進んでいる。

ドミンゴがおしえている事が
素晴らしいからこそ、
学生達が、
あんなに光り輝いて
いるんだと思う。


自分は参加しなかったけれど、
ドミンゴ、ひろみ、フック、ひでみ
がやったロングフォームも、
素晴らしかった!
どうなるの?
どうなっちゃうの?!
と、どんどん
気持ちが巻き込まれた。

セッティング、
照明、
音響、
すべて即興なのに、

台本がある演劇よりも、
熱さが
伝わってくる!

台本がある演劇よりも、
全然面白い!

そう思った。


自分の直観を
信じて、
少しずつだけれど
インプロを続けて来て
本当に良かった。

何度も言うけれど、
直観と、
この心魅かれる事に
したがっていたからこそ、
今の私がいる。

インプロをもっともっと
多くの人に知ってもらい、
体験してもらいたい!


インプロ最高!


ドミンゴ、ありがとう!
ひでみ、ありがとう!



今日は、ひでみと、
スタジオBeで、鏡開きをした。

地域によるが、
両親の家近くでは、
今日1月15日が、
鏡開きと、どんど焼きの日。

鏡開きは、
切るのではなく、
「開く」を使うことで、
「運を開く」願いこめて
鏡開きとしたらしい。
だから、決して、刃物で
切ったりしない。
手で割るか、金づちでたたくか
で割る。

神様へのお供え物をいただくことによって、
一年の無事息災が約束される
という意味もあり、
私達を含む、
スタジオBeに来るみんなの新しい年も
きっと良い年となります!

ひでみは、
私が作ったお雑煮を
「おいしい!おいしい!
 何杯でも食べれる!」
と言いながら、
食べてくれた!

うれしいなぁ~
うれしいなぁ~

先週、

NYの大学の同窓会という名の
オフ会に参加してみる。

NYで知り合いだった人は
一人もいない。

どんな人が来るんだろう?!
私は、Class of 2000
確か卒業年度は
近い人達だったような・・・

知っている人いるかなぁ?
直観に従う私としては、
その場に、いずらいと感じたら、
すぐに帰ろうと
決めていた。

何人来るのだろう?
多人数すぎても、
話しにくいしなぁ~

とりあえず行ってみるしかない。

そう思い切って、
渋谷某所鳥良のドアを開ける。

どこの席かわからず、
不安げにのぞいてる私に、
向こうから手を振る人達。
「NYの・・・ですよねぇ?」

と話しかけられたら、
すっかり安心してしまった。
案ずるより生むが易し、とはこの事だ?!


その後、
ぞくぞくと
入ってくる人達。

全員で10人集まった。

まず乾杯。

特に自己紹介って物も無く、
それぞれに、
話題に花が咲く。

そこで、
KOKOが、一人一人に
手を差しのべながら、
「知らない、
 知らない、
 知らない、
 知らない、
 知ってますよねぇ」
と私の所で、手が止まる。
「こんな顔見たことありません?」
とメガネをはずすKOKO。

「え~っ?」
と首をかしげながら、
じっとKOKOを見る私。

確かに見たことある。
KOKOの隣にいた、まじゃぴんも、
「どこかで会ったようなぁ」
と言い出す。

何学部?
KOKOはEconomics,
私はDrama Education・・・

何年卒?
KOKOは1999年。
まじゃぴんは、2000年。
って事は、NYにいた時期は
重なるぅ~

日本人のSociety 入っていた?
私は、入っていない。

アルバイトしていた?
KOKOはしていない。

どこだろう?
どこで会った?

日本語教えていた?
私は、国連の付属の小学校で
教えていた。
まじゃぴんは大学で教えていた。
違うねぇ~

私はNYにいた時は、
忙しくて、
授業に出ているか、
アルバイトをしているか、
図書館にいるかで、
あとはアパートにいるかの生活。

あっ!図書館かもね。
そうかも。

意見が一致する。

図書館の地上階は、午後11時でクローズ。
地下は、24時間オープンしていた。

私は、高層階で、
エンパイヤーステイトビルを正面に見ながら、
大きい机いっぱいに本を広げて
勉強するのが好きだった。

時期によっては、
毎週、もしくは毎日色が変わる
エンパイヤは、
素敵な季節の象形でもあり、
着せ替え人形。

そして午後11時を過ぎると、
警備員が回ってきて、
追い出され、
まだ残りたい人は、
地下へ移動する。

Final前になると、
満席に近くなる
地下の机。

地下は、そんなに広くないから、
そこで勉強していたら、
きっと何度も
すれ違ったと思う。

自分の部屋に戻ると、
ついつい寝てしまうから、
図書館で勉強していた私。

警備員が巡回しているから、
もちろん安全。

果てしなく
読みたい本、
課題の本が
山積み。

書くペーパーも
たくさんあって。

それでも、
なぜか毎日
楽しくて。

とNY生活を振り返り、
みんなで
話した。

卒業して5年も経つと、
忘れている事も多く、
日記をつけていれば、
良かったかなぁと
つくづく思う。

もしかして、
思い出せないけれど、
日本人を見かけても、
あの頃は、無視していた
私がいたりしてね。


それでも、
知らない者同士が
こんなに和気藹々と
話し合えちゃうなんて、
とっても不思議な
集まりでした。

お正月に両親の手作りを、
持ち帰りました。


お飾りと鏡餅


お飾りは、父が作り、
鏡餅は、うちでついた餅を
母が丸めました。


お飾りは、父がたくさん作り、
家のあちこちに飾ってあります。


リタイヤして、
もう数年経ちますが、
会社の仕事だけでなく、
こんな物も作ってしまう
父を
あらためて尊敬してしまう
わたしです。


15日には、
そんな両親に感謝しつつ
鏡開きをする予定です。