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地下水道

やくたいもないことばかり書きます。
こんなつまらない奴もいるんだと、思っていただけたら本望です。

スケートカナダのエキシビションにて、世界に披露された「天と地のレクイエム」
このプログラムをようやく、美しい祈りに満ちた鎮魂歌として受け止めることができました。
だからこそ、受け止めきれなかったあの日の演技を、書き残しておきたいと思います。
伝えることのできなかった過去の気持ちを、いまさら記す我儘をお許しください。
(私自身の、個人的な感想の記録です。)



6月27日、ファンタジー・オン・アイス金沢公演。
暗闇の中、宣告のように低音が響く。
照明に照らされたスケーターが、涙雨を思わせる旋律にのせ滑りだす。
その瞬間、それまでの暖かな空気が一変した。



まるで世界がえぐられたかのように、共有の場がほどかれる。
エアポケットに浮かぶアイスリンクに、剥き出しの孤独が広がる。
観客は、繋がりあうことも許されず、ただ裸身で立ち会うしかなかった。
ひとりひとりが糸にすがるように、眼の前の姿に触れようとする。
うかつに触れれば、癒えぬ傷口から血が滲む気がした。



初めて聴くその曲は、哀切ではあるけれど激することはない。
理不尽を受けいれた人々の、深い哀しみと祈り。
けれど彼の滑りは激しく、その調べを遥かに凌駕していく。
感情を解放したときのこの人がどれだけ凄いか、改めて思い知らされる。
思えばあのニースのロミオは、感情の決壊が呼び起こした奇蹟だった。



空気を裂くように滑る彼に、数年前の少年の面差しが重なる。
ああ…この人は本当に傷だらけなのだ。
現在これを滑ることが、この人には必要なんだ。
そんな痛ましさを覚えながら、その姿を懸命に追い眼に焼き付けた。
私はこの瞬間、人の心の奥の、本当に大切な部分に接しているのだ。



やがて、そんな激情の嵐の中、また一つの奇蹟に気づいた。
失ってしまった数多のものの、確かな存在。
それは、不在の可視化とも言うべき不思議な感覚だった。
まるで時が戻ったかのようによみがえる。
見えざる姿、聞こえざる声、埋もれていた愛しい記憶が鮮やかに。


優しい面影、名前を呼ぶ声、潮の香の風、懐かしい夕暮れの道…
忘れない。忘れられない。忘れさせない。
決して忘れない。
彼は時を引き戻してみせた。
あの震災の前、ずっと続くはずだったあの時を。



慟哭を、葛藤を、混沌をそのままに滑るレクイエム。
それは祈りではなく、命を、存在を、人々の記憶にとどめるということ。
希望とは、いつの日か射し込む光ではなく、いま、地上から手を差し伸ばすべきものだということ。
それが現在の彼が演じるレクイエム。



そこに見たのは喪失ではなく、絶望を経てもなお、溢れるばかりに豊饒な思いだった。





動画主さまに心から感謝いたします。(金沢での演技も、いつか映像で見られる事を願っています。)

神戸FaoI「天と地のレクイエム」
http://www.dailymotion.com/video/x2xnmb0_faoi2015-kobe-yuzuru-hanyu_sport

スケートカナダエキシビション「天と地のレクイエム」
https://www.youtube.com/watch?v=j1F6xshBJWw




最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。