2  これがM式診察法
  聞き取り上手です
「いま、おいくつになります?」
「五八歳です」
「食欲は?」
「あまりありません。一日2食、時には1食、それも忘れててお茶だけのこともあります。お腹すいたなあと思ったらおせんべいを1枚ぐらい。お腹すきません」
「ほう。ぜんぜんお腹すきませんか?」
「お腹すいたらあるもの食べてます」
「あるものいうたら?」
「わかりませんが、あるものです」
「……ふーうん、それやったら食べてるのや」
「そうですか?」
「睡眠はどないです?」
「よう、ねむれません。ちょくちょく目をさまします」
「何回ぐらい?」
「何回というか、とにかく気がつくと目がさめててねむれないのです」
「どうして?」
「あれこれ考えて⋯⋯」
「あれこれね。⋯⋯それで?」
「いつの間にかウトウトとねています」
「便通はどないですか?」
「三日に一ぺん位です。コロコロしたうさぎのフンみたいなものです。痛いのです」
「そりゃ痛うなりますがな。うさぎのね」
「小便の回数は?」
「ほとんど数えるほどです。
1日5回ぐらい、いや3回。夜中はありません」
「夜中ありませんか?」
「ぜんぜん、よく夜中に2、3回という人の話を聞きますが、ホントかなと思います」
「お水は?お茶でも何でもいいのですが、どれくらい飲みますか?」
「えーと、何杯ぐらいと数えたことはありませんので⋯⋯。そう、朝お茶を1 杯、昼と夜で2 杯、寝る前は三時間ぐらい前から水分はとりません。牛乳はいいというので昼にコップ1 杯くらいですが、飲みます」

ズバズバ核心へ

「食べることに戻りますが、どないなもんが好きですか」
「筍。⋯⋯筍はとても好きです。何を食べなくても筍の甘く煮たのがあれば他は要りません。
おいしいごはんに筍のせて食べるのでしたら、毎回でもどんどん食べられます。6月頃のおいしい時には安くてたくさん頂けるのでうれしいです」
「目がキラキラしてますがな⋯⋯筍のない時は?」
「ゴボウ、人参、ハス、ハマグリといったようなものです⋯⋯」
「あなた、結構、食べてるやないですか?」
「そうですね。そう言われると食べてないことはない。⋯⋯忘れっぽいのでしょうか」
「それだけ自然なんやね。お腹がすいたら食べてるのや」
「いま一人暮らしですから⋯⋯」
「誰も、食べなさい、とか食べなかったらあかん、言う人おらんわけや」
「娘が二人いますが、みな結婚して遠くにいってまして、もう三、四年こんな感じで好きなことしてます。主人も五年前になくなりました。肝臓癌で⋯⋯。そうそう辛いもの好きなんですわ。キムチやカレーは激辛というのが好きで、トウガラシもみそ汁やおうどんにもいっぱい掛けます」
「食べへんいうて、すごいやないですか?」
「思い出しました。一日一回とか、食べない時というのが、時どき、あったんですわ」
「吉本興業の世界やね。⋯⋯ハイ、お二階にあがって心電図と血圧測って。名古屋から来はったん?」
「名古屋の真ン中です」
「覚王山あたり?」
「そうです。先生よう知ってますネ」
「ハイ、Kちゃん!お二階で心電図。またあとで⋯⋯。そうそう、この注射せなあかん」
「スカートの下ですか?」
「当りまえですがな。みなさんそうしてますやろ」
「ここでですか?」
「そうですがな。さ、早く」
「……………」
「誰も見てません。サ、早く。すぐおわります」
「何の注射ですか?」
「あなたの体がどないなってるのか。どう治療したらええのかを調べる注射です。すぐおわりますがな」
「痛いですか?」
「痛いです」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「サ、早く」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「ハイ、おわりました」
「⋯⋯⋯い、た、い⋯⋯」

「治療が始まると毎回射つのはこんなものではありませんよ。これより数倍も痛い」
「へーえ、もっと、もっと痛いんですか」
「ハイ、お二階へどうぞ⋯⋯。また、後で点滴おわったら降りて来て下さい」

どこまで下がる血糖値
まあ、これが初診者とM先生の大体のやり取りです。
本人の病気のことから、すぐあちこちに脱線します。そのつど「ほぉ〜ホントですか!!」
ということが多いのです。診察順番待ちの人も参加します。だから「待たされた」「待ち時間が長い」という声がないのです。
わたしは糖尿病患者でそのことを『糖尿病からの生還』という本で書きました。その広がりで全国からM先生に診て頂きたいという方がたくさんお便りを下さいました。
ご紹介はじめの頃は糖尿病の方が多かったのです。ところがM先生は癌も膠原病もリュウマチも⋯⋯
とにかく難病という難病の患者さんも診て下さるということが判って、あらゆる病気の患者さんが集まってきています。
「えーと、高田さん、高田さん、Kちゃん、高田さんのカルテ出ておらんよ」
「ありますよ。先生の右の方、そこ、ちゃんと出してあります。アッ山本さん、いらっしゃい。

オシッコ、いまトイレあいてます。高田さん、オシッコきれいです。この前、血液まじってましたけど今日はきれいですよ」
「高田さん、カルテ自分で見てごらんなさい。
血糖値110に下がりましたね。前々回は380やったから大進歩ですわ。ラクになりましたやろ」
「ハイ、びっくりしました。三回目でこんなに下がるなんて⋯⋯」
「まだまだ下がります。いや、下げなあかんのです」
「でも、いままでの病院でしたら100だったら最優等生だ。ここまで下げられる人はいない。
110位だったら上出来、それもクスリを使ってです」
「クスリは使わないのです。自力で100 以下になるのです。それも目標は70、いや60以下です」
「ゲェッ!!そんなに下げていいんですか。血糖値なくなってしまったらいけないのではないんですか」
ハイ、ダーメですね
「いけないことありません。もともと人間の血糖値は低い。ない人だっているんです。
子どもさんの糖尿病のほとんどは血糖値がない場合があります。インスリンの注射、ちいさい子が射ってます。命にかかわるから止めるわけにはいきません。全国でハッキリしている小児糖尿病のお子さん、8,000人位います。
もともとインスリンの分泌量は少ないのです。糖分をとかす量が少ない。大量の糖分が体に
入ってきよる。体が駄目になる。それでも入って来ます。それでクスリが与えられる。自分でも注射をする。糖分は人間にとって必要やから最低はとる。とらなあかん、というのが今の医療の方法です。教科書どおりです。
糖分は入れない、要らないというのがわたしの方法です。あなたはまだまだ糖分が入っています。それを抜いていけば80、60と血糖値が下がります。体重も減ります。血色もよくなります。えーと、他の数値も下がっておりますな。これも正、⋯⋯これはもう少しで正、これはやや多い。パンは食べてますか、自分で焼いて⋯⋯」
「いや、知り合いのパン屋さんにワケを言って作ってもらってます」
「それは無理です。自分で焼いて下さい。パン屋さんはどうしてもサツマイモの粉やトウモロ
コシの粉を使いますから、あなたのためにだけ焼くわけではありません。⋯⋯ええと、水が不足ですね。あと2ℓは足りない」
「飲んでますが⋯⋯」
「オシッコが濃い。血液がまじってるのはお水が足りないからです」
「飲んでるつもりですが⋯⋯」
「とにかく足りません。⋯⋯ハイ、注射。えーと三回目やから左ですな」
「痛くない注射は駄目なんですか」
「痛いのが当り前ですがな。皮内注射ゆうて皮膚の中に入れるのやから筋肉注射とはちがいま
す。薄い皮と皮の間に入れるから痛いのです」
「頭にツーンとくるのが⋯⋯」
「後は痛うなりませんやろう。痛くない時は後で痛うなりますよ」
「あと何回ぐらい?」
「あなたの場合は20回でひと区切りで、あとは様子を見ましょう」
「それまで酒は駄目ですか」
「ダメです」
「ピールは?」
「もっとダメです」
「梅酒は?」
「ダーメです」
「……………」
「ほかに?」
「ありません」
「お大事に、⋯⋯ええと、来週四回目。きょうより血糖値は下がり元気になりますよ。お二階の点滴は済んでますね。お大事に⋯⋯」
ごはん食べたいねん
「なあ、先生⋯⋯」
「おお、たけし君か。どないした?」
「ぼく、ごはん食べたいねん。ごはん、好きやねん。ごはん食べたらあかんか?」
「なんや、まだそないなこと言うとるんかいな。きみはいま十八やろ。十八歳で膠原病なんや。
重い重い病気なんよ。それ治すにはごはんやお豆さんはようないのよ。バイキンはたけし君の好きなもの、たけし君よりもっと大好きなんよ。ごはん食べたら、病気ぜったいに治らへんて言うとるやないか⋯⋯」
「でも⋯⋯食べたいんよ。ごはん食べとると元気がでるんよ」
「キミ以上にバイキンは勇気百倍になるんよ。病気治したいか、そうでないか、やな」
「病気、治したい。⋯⋯とってもつらいもの」

「ずーと病気と闘ってきたわけやろ。そのつらさ、よう知っとるはずや。人間どちらか選ばな
あかん時がある。こちらかあちらか決めなぁあかん時がある。たけし君よ。キミは病気を治す
方を選んだんやないか。もう一度選び直してもえぇんよ。膠原病ゆう難病中の難病や。どこへ
行ってもこの病気は治せん言われる。でもわたしはキミの病気治すためにやっとるのよ。キミと同じようにわたしも闘っておるのよ。
そりゃあごはん食べさせたい。少しぐらいならええんよと言うてやりたい。その結果、キミは
死によるのよ。死ぬとわかっていて医者としてそれすすめられへん。ああ、ええよ、と言う
てられへんのや。ええか、命いうもんは一つしかあらへん。しかも人間一二〇歳以上生きては
じめて天寿というのんよ。ごはん食べさせてキミの人生あと百年棒に振らすわけにはいかんのよ」
「でも、ごはんが好きなんや!!」
この少年と先生は毎回出会うと繰り返しこんなことやっています。
出血、あわてなさんな
「先生。東京の山下さんやけど、ゆんべ急に目から出血したそうです。初めてでビックリして
ますが、先生に叱られる言うて、そっと聞いて欲しい言うとりますが⋯⋯」
「そんなら、でます。⋯⋯ちょっと待っててくれなはれ。
モシ、モシ、どないされました。フン、フン。左目、右目?左やね。右は大丈夫?フン、
どんな感じ。水に墨を流したよう。
フン、墨を流してそれを紙に写したよう。よう見えんわけやな。夜中、寝る前に⋯⋯、フン、今はどうです。広がって見えなくなって⋯⋯。フン、わかり
ました。違反したのやな。できるだけ早くこっちへいらっしゃぃ。今、やることはやね、モシ
モシ、ヒマシ油、ヒ・マ・シ油、60g、エッない。薬局探しなはれ。置いてあるところあります。
なければ製造元聞いて買いに行きなはれ。余分にもらうことですよ。それを大きなコップで水と混ぜて飲みます。エグイから塩2〜3g入れて、水とヒマシ油が分離しないようにかきまぜて一気に飲みます。後ですね⋯⋯、モシ、モシ、二、三時間するとドシャブリです。ゴロ、ゴロになって一気に出ます。それが一番よろし。あとは一〇〇時間、青菜類だけのサラダかジュース。タンパク質や肉類もあきまへん。それが過ぎたらパン、そうめん類もしばらく抜くこと。
それ以外は食事のカルテどおりに戻してやりなはれ。出血はそれ以上ないはずです。いずれに
してもそれをしてからこちらにいらっしゃい。モシ、モシ、ええですか。じゃお大事に⋯⋯」
ハイ、電話にもでまーす
診療中のM先生に直接「電話に出て欲しい」というのがあります。原則としては先生はお断りしています。
しかし患者さんで「緊急事態におちいってM先生から直接指示を受けたい⋯⋯」という場合
に限って電話口に出られます。
的確な指示を聞いて周囲が「なるほど」と思います。
「おそらく違反したのや。Kちゃん、山下さんのカルテ出して⋯⋯。
これ、なんや28回目か。あと12回、40回で終了、となっとるわ。何食べたんやろ?
みなさんも気ィつけなあきまへんで。
わたしが"よろし"と言うまで、決められた食事以外あきまへんのや。
自分が医者になって勝手にこれは食べてもよろしいと許可をだしたらあきまへん。自分の体を実験に使うてしまったら、それこそ"命取り"。一巻のおわりや。
山下さんは重い糖尿病の人や。ここまでよーけ違反なしできた人やったけど⋯⋯」
「先生、そんなに体に出るものですか。ちょっとしたもんで⋯⋯」
「イチゴひと粒食べてあの世に行った人もおるで⋯⋯」
「ええ、イチゴひと粒で、でっか!!」
「大福一個とかブドウひと粒とか、ビール軽く一杯で死んでしもうた人もおるのや。みなも気ィつけんといかんよ」

「なんでひと粒で死にますのん」
「わたしの治療法は口から糖分を入れたらあかんいう方法や。糖分のかわりに元気になるもの
を食べろ、飲めいうやり方なんや。それで血ィいを薄くきれいにするわけや。体の中のバイキンは糖分が来(け)えへんので青息吐息なんよ。死にそうなんよ。そこに果物が入ってみい、お砂糖が来てみい、どないなると思う。一気に息を吹き返しおる。元気百倍や。
ブドウ一〇粒、二〇粒、リンゴ一個、アンパン一つじゃあらへん。ブドウひと粒、リンゴひ
と切れ、アンパンのアンコひとなめでええのんよ。糖分がちょっぴり入っただけで百万の援軍
が来た感じがするわけ。それで元気になりよる。それが治りかけている体の中で一番弱いとこ
ろに出るわけや。山下さんは左目に来たわけや。おそらく水晶体の表面に出血したと思われる
んや。命取り、失明にはならんと思うわ。単純出血や。本人はこのまま失明するんやないかと
思うから生きてる心地せぇへんやろ。まさかイチゴひと粒ぐらいのことでと思うわけや。体は
よう反応しますのや。あんた方かて、こうなりますがな。七転八倒のお腹のくるしみで出るか、
頭が割れそうでガンガンとか、人によって治りかけの一番おくれているところに出るわけや。
ホンマ、わたしがええというまで違反したらあきまへんで。命はひとつなんやから⋯⋯」
で山下さん、こちらへ来はったらどない先生診はるので。
「わたしはそう思うたのは間違いないと思うけど、眼科の先生に診てもらうように言いますがな」