歩け、歩け、一万歩。

歩くに優るものはない

【まずは六千歩、確実に】
(阿部)  運動はもちろんしなくてはいけないんでしょうね。
(M)先生 そうです。歩くのが一番です。
ジョギングをやったり、なわ飛び、ボールけりなどいろいろありますが、あれもこれもやらなくていいんです。
ただひたすらに歩く。そりゃ早く歩くのにこしたことはない。でも自分のペースで、長続きして
決して飽きない歩き方というものを
みつけておくのが一番です。
(阿部 )やっぱり一万歩ですか?
(M先生)目標ですね、それは。
万歩計をつけて目安にすればいいんです。
それに縛られることはありません。
「ああ、少し歩きすぎたかな」という感じ、
これが大体六千歩です。
六千歩を基準にして、大体毎日歩けば、
これは運動として申し分ありません。
六千歩以下と以上では血液の流れが違います。体のすみずみまで血液が流れます。
毛細血管が元気になります。食べ物と消化の働き、そして水分の力で元気に
なった血液が体中に行き渡るのですから、良くならないほうがおかしいのです。
(阿部)歩くのは好きです。特に花博に来てから
毎朝、京都のホテルから京阪七条駅、地下鉄の鶴見緑地駅からいのちの塔まで結構歩いています。
また広い会場内は全て歩きです。打ち合わせやら、他のパビリオンを見て回ったりで、多分一日二万歩くらい歩いています。
(M先生)それはいい。でも「ああ、疲れたな」と感じるようでは歩きすぎです。
逆に負担が大きくなってきます。疲れたら休む、というように休息も十分にとって下さい。
(阿部) 二万歩、歩いたら翌日は歩かなくてもいいんですか?
(M先生) それはだめです。
食いだめというのが良くないのと同じように、
歩きだめというのも良くないです。
毎日平均的に歩くというのが大切なのです。
その日食べたもの、消化の状態、そして運動の量、それらの総合された力が活力となって血糖値を下げます。肥満を防ぎます。高血圧や動脈硬化、
神経障害などの防止をするのです。その結果がストレスも消してしまいます。
歩く、平均的に歩くリズム、テンポが大切です。
(阿部)山登りとかゴルフとかも、毎日の運動の中に入りますか。
(M先生)入りません。毎日の運動とは別です。
歩く中に取り込んではいけせん。
別のメニューとしてやるのであって、基本は基本でやらなくけません。
(阿部) とても六千歩は無理だという日は、どうするのですか?
(M先生)プールが近くにあれば、プールで泳ぐのではなく、20分から30分水の中を歩いて下さい。それで大体6千歩ぐらいになります。
それがダメなら、風呂のなかで下半身を動かすことをやって下さい。
とにかく、あなたは糖尿病患者、それも合併症が発病するか、あるいはしたかという状況なんです。
仕事や義理のあれこれもいいでしょうが、
それらを欠いてでも一日6千歩以上歩く時間を生み出すことです。幸い花博の仕事でよかったですね。半年間は歩きすぎないように注意してください。
歩きすぎて足を痛めては、他の病気にかかってしまいます。ほどよく運動をする、それが先程の目安です。「歩き足りないな」ではせいぜい5千歩止ま
りです。「今日は1万歩いっただろう、歩きすぎた」で6千歩なのです。
万歩計をつけて歩くのもいいですが、
自分のカンを信頼することが自信につながります。
それと、運動に大切なのは靴です。カンガルーの革が一番いいんですが、値段がとても高い。
ベターな靴としてはリーガルがいいのです。
先がとんがったようなのではなく、ちょっと不格好でも幅広なものを見つけて下さい。
歩くことについては、むしろ、花博後の方が心配ですからね。
(これは、まかせてもらいたい。歩くのが好きなのに、いつのまにか歩かなくなっていた。仕事の移動は全て車。一日三か所、いや、四か所で講演とい
うのもあったな。とても歩く時間がなかった。いつのまにか、百メートル歩くのでも肩で息をするようになっていた。同じ横浜市内であるが、戸塚区か
ら現在の金沢区へ引っ越して来てから、家の周囲には公園がいくつもあり、高台にある家の左下は中公園、右下は遊歩道になっている。駅まで約二十分、
これを歩けばいい。花博後もこの「歩く」という運動面では大丈夫である)

水はいつも持って歩け】
(阿部) 講演会が多く、二時間ぐらい、大きな声で話すことがあります。黒板を使いながら話すことが多いので、歩き回りながらというのが多いのです
が⋯⋯。
(M先生)大きな声を出して、息切れはしませんか?
(.阿部 )それは大丈夫です。のって話をするというのか、気がつくと一時間半、二時間になっています。時々声がかすれることはありますが⋯⋯。
(M先生)時々ですか、声がかすれるのは?
(阿部 )最近気がつきました。
(M先生)それは心肺機能の働きに異常がありそうですね。そっちの方は、ゆっくり診てみましょう。
とにかく声を出す、大きな声を発するというのは
いいことです。私のやり方でやっていけば、息切れはしなくなります。声にツヤや力強さが出てきますよ。無理しているというようにはうつりません。
いいですよ。
(阿部)運動するとお腹がすきますよね。食べたくなって食べてしまったら
運動した意味がなくなるのではないでしょうか?
(M先生)気にしないで食べていいのですよ。食べたいときに食べるというのが自然に逆らわない生き方です。ガマンしてるということは無理している、
それが食事のときに一気に爆発するから大食いになります。腸の働きで全部消化吸収できない、
積み残しがでる、これがいけないのです。
運動した後、それこそかっぱえびせんです。
そして、歩いている時、必ず水筒に水を入れて持って歩いて下さい。
水はいつでも気づいたら飲む、という習慣をつけること、これも大切です。
最近はあちこちに自動販売機がありますから、それを利用するのもいいでし
ょう。塩も一緒に持っていってください。
塩を入れて飲むという習慣、これも大切です。
水だけだと、すぐ汗とオシッコで体外へ出てしまうから何にもならないことが多い。
体内に水分を留めるのが目的です。歩けば当然、水分が放出されます。放出した倍以上補給して、それでちょうどいいのです。
(歩いてお腹がすいたら食べてもいいとなれば、ガマンするという面から解放される。ストレスもたまらないわけである。水については、長く歩いた時、
乾きを潤す程度にしか考えなかった。脱水状態にならないため、の知識でしかなかった。
自分一人、自分のペースで歩く。やれそうでやれなかった今までと違って、体を治す、新しい人生への出発点としての六十歳、この年に歩き出すために、とにかくやってみようという気力が体の中にみな
ぎってきた。今度は挫折することなく、きっとやり抜くのではないか。たくさんのお医者さんを裏切ってきた自分と、決別の日が来た。
現実では六千歩、目標は一万歩。どんと行こう!!)

五月二十三日から九月三十日までの第一戦


【おそるおそる第一日目は終った】

平成2年5月23日(水)

Dさんと別れて塔に帰る。

S事務局長に先生の件を話す。

「へえ、塩を――減塩でなく増塩ですか?それに水を5リットル!!水はどこの水って決まってるんですか」

それはちょっと聞いてこなかった、来週忘れずに聞いてこよう。

「塩も、どこそこのというのがあるんでしょうね」

「取りあえず赤穂の天塩(あまじお)というのがいいらしい」

「ああ、それ、ウチで使ってますよ。明日持ってきましょう。やっぱり化学塩よりいいんですかね」

「人間は海から地上に這い上がってきた生物の子孫。もともと海にいた、から、水と塩は欠かせないんだそうです」

「説得力がありますね。言われてみればその通りですね」

「そうなんですよね。それから食べ物、

これがごはんだめ、豆類のあずき、大豆、お多福といった甘納豆やあんこ類は全面禁止、それにじゃがいも、さつまいも、さといもといったいも類、それに牛乳は永久追放っていうんですから――」

「へえ――」と、Sさんは絶句したまんま。

「それで見通しはどうなんですか?」

「私のいう通りやれば

治りますって言うんですがね――」


「目の手術の方は――」

「しなくてよくなると思うですって、ホントかな――」

での策一器

「もし、そうなったらすごいことですね」

「もっとも私次第ですがね――」

左腿に打たれた注射が腫れてきて、ズキン、ズキンしてきた。

水、水、水を飲まなくちゃーー。たて続けに二杯、三杯。

(こんなんで、いいのかな)

帰りは早足で地下鉄駅へ。食事は塔内にある「うどん屋」さんで、うどん。(汁が甘い。これは砂糖とみりんの味。この甘さはいけない)

京阪七条駅から歩いて、パークホテルに帰る。途中マイショップとファミリーマートの二店のコンビニエンスストアがある。マイショップに入る。

レモン1個、ピーマン4個で一袋。キュウリ3本。

トマト2個、レタス1 個、お豆腐1丁、

ウーロン茶1.5リットル瓶一本。チーズ1箱、

うどん玉1個⋯⋯。それにナイフ一丁、スプーン小1本、はし一膳⋯⋯。こんなもので、いいかな。

あしたの朝、塔に行って開館前に食べるための材料の仕込みである。

ホテルのコーヒーハウスで夕食。

ここはまことにおあつらえ向きである。

サラダがM先生の指定通りなのだ。地中海風で、サラミソーセージやナチ

ュラルチーズを細かく切ったものが、たくさん上に乗っている。トマト、レタス、キュウリ、無いのはピーマンとレモンといった大盛サラダである。普

通のホテルの倍以上の量があるのだ。これはありがたい。

〈塩〉明日から天塩にする。きょうは食卓塩で、ごかんべん。買ってきたレモンが役に立つ。でも、塩を二十五グラムどうやってとったらよいのか、現

実問題となると大変だ。

なめるーやっぱり大量は無理

ふりかける→サラダが一番

飲む→これがやりやすい。湯ざましに入れて飲む。つねに塩水にしておく

のはどうか

野沢菜→漬物類にプラスする感じでとにかく方法はあるだろうが、二十五グラムは大量である。ゆっくり考えよう。

〈水〉飲めばいい、というものじゃないとのこと。体の中にどれだけ留めて

おくかが、塩の役目の一つ。夕方から夜、夜中に飲めとなると、睡眠との関

係が心配になる。部屋の湯沸かしで飲み水を作っておくことにする。

〈排便〉白と黒の粉薬がどんな結果にでるのかわからないが、午後一回、夜一回服用する。

味、まったくなし。

〈運動〉ストレッチ体操とか、ジョギングとか、急に始めてもだめだ。自分にあった運動となれば

「歩く」のがいい。人は早足で歩けというけど、

ごく普通の歩き方プラスやや早目というのがいいと思う。胴長短足なので、歩幅は七十センチ位。

チョコマカ歩きはやらない。目標は六千歩以上となれば、花博中はその三倍近いのでまだ大丈夫。

問題は花博以後の通常生活に戻ってからどうするかだ。

かくて長いショックの一日は終った。


元気の出る注射、イ・タ・イ〜

5月24日(木)

〈排便)白と黒の効き目が早速あらわれた。夜中にお腹がゴロゴロ、雷様が走った。できるだけがまんして、朝5時半にトイレに行く。とてもトマトケ

チャップ状ではない。どしゃぶりの雨のような感じ。便が灰黒色。驚いた。「黒い便がでるけど、薬の色だから心配ない」と先生は言われたが、やっぱり心配。夜中、1時間半おきぐらいに小便に起きる。そして水を2倍飲む。これを3回繰り返す。

横になると、すぐその都度眠ったらしい。

朝、寝不足感が少しある。

〈食事(塩・水)〉昨日仕入れていたトマト、ピーマンなど、青菜類を持って塔に行く。

八時に塔に到着。朝礼前にサラダの盛り合わせをつくって食べる。塩をたっぷりかける。塩辛すぎた。15グラムぐらい入れたよう。

昼は少しおいて和食堂で肉うどん、トマトサラダをとる。

コーヒー2杯、紅茶3杯、水、ウーロン茶といろいろ。お腹ゴロゴロ。

夜はホテルで、イタリアンサラダとミニステーキ(ソースはかけず、塩をふりかける)塩は多分40グラムぐらい―ーちょっと多すぎた。

(M先生)多く取ったり、取らなかったりは、ダメ。コンスタントに25グラム」回数は三回。量は特別にいつもより、ガタ落ちさせたという感じはない。

間食はどうしたらよいか、この次聞いてみよう。

〈運動〉万歩計をスーパーで買った。普通の時計盤式のものだ。針で何歩かひと目でわかる。デジタル式より使いやすいと思ったので、そうしてみた。

(後に、デジタル式を購入)やっぱりよく歩いている、17000歩。これは合格。

ーー運動グツを買うこと。それに体重計も早目に求めておく必要あり。

夜中、お腹のゴロゴロが、ピカ・ゴロ

・ピカという感じに走る。


5月30日(水)】

4時、M診療所へ。1週間ぶりである。初めのショックが続いている。

「血液検査などの結果がわかりました。あなたの体はバイキンだらけです。

60年も生きてきたのだから当たり前ですが、バイキンを減らさなければダメです。インスリンが正常人より高い。糖尿病患者はインスリンが少ないの

ですが、あなたのはインスリンが多くて糖尿病というのですから、まずは珍しいケース。

私も1〜2件しか扱ったことがないです」

まれな糖尿病患者とは何か?わからなくなってきた。太腿の皮肉に、痛い痛い注射をうたれる。

歯をくいしばっても耐えられない痛さ。

Dさんもこれが大の苦手だという。



乳酸リンゲル液約40分を2階のベッドで受ける。

「2つとも元気のでる注射ですからね。ハイ、血糖値高いですね、140。食事はちゃんとやってますか。ハイ、お薬です。白と黒の二つ。1日3回、

小スプーンに約1杯ずつ。塩は約25グラム以上です。おだいじに」とは、元気、元気の看護婦さん。

血糖値140。高いといわれたけれど、私にとっては低い。以前、180以上あったのから考えれば、この1週間で40低くなったことになる。果たして塩・水方式が、効果を出してきたのかどうかわからない。でも嬉しい。

間食はとっていいのか、先生に聞いてみた。

(M先生)「かっぱえびせんがいい。塩分は十分。それに安い。1回に1袋は多すぎますが、カロリー過多にはなりません。

チーズ、バター、ハム、ベーコン類は、たっぷりとりましょう。できれば輸入ものがいい。

特にドイツ、オーストリア系のもの。

塩がタップリ入ってますからね」とにかく、塩にこだわる先生である。

運動は、1日平均13000歩。

排便は、朝、夜と2回。時に昼間もあった。(28日)

(M先生)「水が足りてない。もう少し意識して飲むように」

足りてると思うのだけど、5リットルというのは大変な量なのだなと、つくづく思う。

舌をみてM先生

「ああ、まだ食べ物が合ってませんね。

大体3〜4日で変化がでてくるはずなんだけど。ちゃんと食事すすめて下さい。」


6月2日(土)】

徳島そごうデパートに、朝の飛行機で行く。

5月30日から「中島潔展」が始まっている。今日明日は、中島先生のサイン会がある。ティールームで、市内にある若草幼稚園の岡本園長先生、中島先生と会う。中島先生が、私を

見てびっくり、「あれ、頰がこけてきてる。どうしたんですか?」自分では

それと感じていなかっただけに驚く。「やせてはいないけど、ゲッソリという感じ。疲れがひどいみたいですね。花博、大変なんですね」と続く。

岡本先生も「なんかやつれてるって感じですね。心配ですね」と。

M先生ウンヌンというのを話していないから、仕事の疲れ、イコール危ないと感じているのかも…。

人が見るほど疲労感はない。よく眠っているし、食べるものは食べ、排便、運動、塩もよいはず。

3、40分の間に、M先生の話をする。一応、中島先生も岡本先生もひと安心。

「そうですか。ワザワザそうしてるんですか。まったくの疲労困憊ではないんですね」

「それにしても塩を取れですかァ。本当かなあ。いいのかなあ――」

中島先生は、信じられないという感じ。

頰がこけてきたということは、体重も減ってきているのだと思う。体重計、今日こそは買って帰ろう。

食事はデパート内の和食堂に無理をいう。そうめん、うなぎの白焼き、す

だちをたくさん、青菜の塩漬け(帰りに多目に分けてもらう)、キュウリ、トマトとレタスのサラダ。

中島先生「サラダは塩をかけるだけですか」

「レモンと塩のミックスです」

「サラダは毎食ですか」

「そうです。血液や腸をきれいにするために、青菜いっぱいなんですって。

いわゆる主食が野菜で、肉や魚、うどんが副食ってわけですよ」

「へえ、おまんじゅうやケーキは?」

「食べません。この一週間、全く食べていない」

「サツマイモも?」

「全然」

信じられない、いったい阿部進に何が起きたのか。あの、何でもパクパ

ク食べていた人とは、とても思えないというように、お二人顔を見合わせていた。


【六月三日(日)】

花博入場者約十八万人と、最近では最高の人出。

生あくびが出なくなったのは、食事改善の効果が出てきたのかもしれない。

帰りに体重計を買う。

京阪七条駅からパークホテルまで、徒歩約七分。今日は24時間のスーパーに入る。トマト、ピーマン、キュウリ、レタスを買う。レモンがない。

明日の朝の食事用。

83キロに減ったア 


【6月4日(月)】

体重が減っている!!八十三キロ。

三月J大診察の時のショック以来、今までのやり方の中で食事量を減らしてきたことと、

M先生方式のミックスの相乗効果が出てきていたらしい。

昨日の中島先生曰く「顔のやつれ」は気のせいでなく、88キロの時から

83キロ、つまり5キロ減の顔であったわけだ。

80キロ後半では、本人は痩せたのかどうかはわからない。ちょっと食べれば、すぐ2〜3キロ増え、

明日は診察といえば前日から食事量を減らすことで、やはり2〜3キロは減らすことができる。

つまり、自然増減ではなかった。操作によって、

高値安定させてきたわけだ。

しかし、この5キロ減は違う。何とか合併症から逃れようという、努力の

結果と見て良いようだ。「やつれ」という形で、人の目に映るとなればホンモノなのかもしれない。

鏡を見て、もうひとつ気がついた。

顔のヒゲが濃くなっているような気がする。

2日間は剃らなかった時のよ

うな感じなのだ。そういえば、眉毛も濃いかな?これは気のせいだ。



そんなに変化するものではない。

でも嬉しい。励みになる。やはり体重計を買ってきて良かった。

M先生の言葉を思い出す。

「食べて体重が減るのはよいのです。食べないで減るのは病気です。ちゃんと食べて下さい。手を抜かないことです」

夜中3回、トイレで起きる。1日に水を5リットル

飲むように指示されているのでそれの結果がこれ。放出したら更に倍の水を飲むので、二時間おき

に目がさめる。忙しい。

そのわりに寝不足感がないのは、不思議。

M先生を信じよう。


【六月五日(火)】

久し振りに横浜の家に戻る。家人が「あら、やせたかしら?」

嬉しくなる。「やつれた」といわれずに「やせたか?」である。

M先生に診ていただいていることを、初めから知っているからだと思う。

知らない人は「ガンかもしれない。やせてきているのは―ー」と思うだろう。

努力の甲斐あっての5キロ減、今度は本物である。

三浦海岸駅で降りて、公民館での講演会。旧知の社会教育課のAさん。

「あれれ、ちょっぴりだけど、ほんのちょっぴりだけど、ウエストらしいものが見える!!」

会うなりいきなりこうである。顔がほころびる。

(言って、言って。もっと言って!)

ますますホンモノである。ウエストなんて、

ここ十数年考えたこともない。

まさにカバゴンのお腹であった。お腹がへっこんできたのである。

「お目が高い!!実は――」と、

ここでもやってしまう。


夜、家の風呂に入る。体重計に乗る。

ジャジャジャ、ジャーン! 82キロ!!

なんだこれは。体重計が狂っているのではないか。82キロだなんて。

ゼロの目盛りを、正しく合わせてみて何回も乗る。多少の変動はあるが、間

違いなしに82キロやや強である。思わず大鏡に向かってサインをしてしまった。

ウエストの方は、Aさんが言うほどのことはない。やっぱり錯覚であったようだ。でも、横から見ても出っ腹ではない。胸から一直線になっている。

へこんではいない。しかし、空気を入れて膨らませても、かつてのポコンと出っ張る腹ではない。

なるほど、着実に減量しているのでありますよ。

まったく――。

(M先生の言葉)

「脂肪に糖分が入るから、太るのです。糖分が入ってこなければ減ります。

人間の体は、自分で糖分を作ることができない。外から入ってくるだけです。

必要な糖分は栄養分に変化しますが、余った糖分は、せっせと脂肪の袋の中に入って膨らむ。

それが肥満だと思って下さい。

砂糖は、そのまんま糖分です。

今、ケーキやおまんじゅうなどの、ありとあらゆる食べ物や味つけが砂糖漬け、つまり糖分漬けになっています。それを意識してカットするだけで、

膨らんだ脂肪がしぼんでいくだけの話です」

とにかく気分がいい。何と言ったって82キロ。

あと3キロで70キロ台ではないか!!

前人未踏の70キロ台が、いよいよ秒読みになってきた。

サラダをたくさん、レモンも。ステーキもジュウジュウ焼いて、塩たっぷりで食べた。

「パンは自家製の塩とイーストのもの。市販されているものは、なるべく食べないように」

とM先生は言うが、これが一番困る。

鎌倉山に行きつけのパン専門店がある。

ここのパン類はとてもおいしい。

他店のとは、ひと味もふた味も違う。

一週間分まとめ買いをしているお店だ。

M先生の言われる、塩とイーストだけで、ミルクと砂糖の入っていないパン

はどれか聞いてみた。

「沢山は焼いていないが"シャッポ"がいいんじゃないですか。ほとんど塩と水です。甘味はつけてありません」

シャッポというのは、直径十五センチほどの丸いパンだ。穴が沢山あいている。

ベレー帽のような形のパンである。

よし、これに決めよう。シャッポは冷凍庫に入れておけば、何か月も持つ。冷蔵庫でも半月は大丈夫とのこと。

他に角食、山型食パンもきわめて上質で入手しやすい。パンはこれに決まった。ホテルには、これを持って帰ることにする。

(M先生の言葉)

パンは3ミリか5ミりの厚さ。それに塩分たっぷりの雪印の黄色のバター。そう、10ミリぐらい十分に塗って食べなさい。バターにパンがついて

いるという感じ。塩分控え目のものやマーガリンは食べないこと」

お風呂あがりの後、またしても大鏡でマジマジと顔を見る。近づけたり遠

ざけたりして見る。

またも、またしても、アレレ、である。

髪の毛、耳の生えぎわの毛、両方とも白くなっていたのがゴマ塩に、それも黒い部分が多いではないか!!

家人に聞いて見ると「そういわれれば黒いかなぁ」と、心もとないが、確かに黒くなっているのだ。

いや黒だ。

腹をさすってみるとツルリとした感触である。もしかしたらスベスベ?

これは思い過ごしかも。でも髪の毛は間違いなしに白髪が少なくなっている。


白髪が減った?

【六月六日(水)】

講演会で北九州市小倉ホテル入り。

口笛でも吹きたくなるように、足取りが軽い。ホントウに軽いのか、気分だけなのか、そこはよくわからない。もうすぐ未体験の、あの、あこがれの

70キロ台に突入するのである。宇宙船の大気圏突入の気分は、こういうものかもしれないとオーバーに考える。

ホテルでも鏡をゆっくり見る。白髪が少なく黒毛が多い。錯覚ではない。

確かにそうだ。

あれ、左頬にある脂肪の塊、これも心持ちボリュームが減っている。盛り

上がりが欠けているのだ。

よーし、顔色よし

よーし、目が大きく見える

よーし、瞼のはれぼったさが少ない

よーし、首が出てる

なに、首だって?ホントだ。首が出現しているではないか。前は、顔からそのまんま肩へとつながっていた。猪首といっていいくらい、顔と首は同じ巾で体と連結していたから、首の存在を久しく忘れていた、というより意識の外であった。

首が出た出た、顔に出た、の心境である。

(M先生の言葉)

「六つの実行をちゃんとやってれば、スイスイと結果は出てくるものです。

途中で違反をすれば、すぐまたに戻ります。形が定まるまで、違反はいけません。

六つの組み合わせの相乗効果は、目に見えて出てくるものなのですよ。少しも驚くことはない」

六月七日(木)】

鏡を見る。

やはり、ヒゲの濃さはホンモノだ。眉毛もやはり、黒く濃くなっている。

急速に変化が出ていることは、もはや疑いない。

塔で、夜勤あけのガードマンさんを相手に話をしながら朝食。ツナの缶詰が気に入っている。トマト、

レタス、ピーマン、新顔にみつば、みずな、それにレモンと塩。コーヒーを入れて、パンは横浜から仕入れてきたもの二片。サラダに紅花油をちょっと

落としてみたが、好みの味ではなかった。

明日はちょっと火を加えて温野菜風にしてみよう。

昼はうどんが定着。ひやしうどんに青ねぎの青い部分をたっぷり入れて、汁はちょっと甘いので飲まない。

かっぱえびせんが間食。スーパーで120グラム百円程度。3回に分けて食べる。

スナック菓子で、原材料は小麦粉・エビ・植物油・砂糖・食塩・調味料(アミノ酸等)・膨脹剤・甘味料(甘草)とある。百グラム当たりのエ

ネルギーは480キロカロリー、食塩2.1グラムと

能書きに記されている。

砂糖と調味料、甘草というのは、体にはあまり影響はないのだろうか。とに

かく、食塩2.1グラムが主眼なのだろうか。

この他に、小さいソーセージをボイルして冷蔵庫に入れておき、おいたら1本、2本どまりで食べる。

夜9時頃、ホテルで夕食。

これも定番になったイタリアンサラダ。

本当に、他のホテルレストランの1.5倍以上は確実に多い。ナチュラルチーズとサラミソーセージがいっぱい。コーヒー、持参のシャッポパン二片。

夜中トイレ3回。水、倍補給。

便、トマトケチャップ状。

【六月八日(金)】

M診療所、午後4時30分、第3回目。

点滴を45分間。横になると気持ちも休まる。疲れていないようでいて、やはり疲れている感じ。

30分ほど眠ってしまった。

診察室で順番を待つ。普通、患者は室外で待つが、ここは違う。常に2〜3人が中にいる。

今診察している人の症状、先生の指示、それに対する患者の反応などがよく分かる。お互い「仲間」という親近感がわいてくる。

「ハイ、ロを開けて。少し、よくなってきてますね。食事はどうですか、守ってますか?」

「パンが主体なんですが、もちろん、青菜類はスーパーで買って、きちんと食べています」

「パンは食べすぎないように。よいといっても、穀類の中で比較的よいという程度ですから、気をつけるように」

3の注射。これが痛い。三種混合皮内注射である。歯を食いしばって

(天ぷら食べたい。天ぷら食べれたらうれしい。天ぷら⋯⋯)

と、口の中でつぶやいているうちに終わる。

「ハイ、元気になる注射です。体の中に病気と戦おうという力が出てくる注射です。直接、バイキンに立ち向かうのではありません。自分自身の中に抵

抗力が備わっていくためです。あくまで食養生が主です。水は?塩はどうですか?毒素追放です」

薬、14日分。

夜、ホテルでイタリアンサラダと豚肉のソテー。

(ソースはもらわない。塩

をかけて食べる。塩は京都駅前の近鉄デパート地下で「伯方の塩」を見つけ

ておいた。1キログラム320円である。

約1か月で1袋。赤穂の天塩に比べると、

さらに塩っからい感じと、口の中でゆっくりと広がる感じがいい。

当分は併用することにする。塩25グラムの量は

カメラのフィルムケース1本の八分目に相当するので、持ち歩くようにする。

意識して、これ1本取るのだから、他からの分を入れると30グラム以上になる日もあるのではないか? それでも良いのだろうか?)

体重、さらに81キロになる。

6月11日(月)】

60歳の誕生日である。前夜、横浜に帰る。

体重80キロ!!ついきた、やってきた。

記念すべき60歳前夜に80キロである。

明日の79キロ突入は間違いない。

どんなに待ちこがれてきたものか。

夢の70キロ台である。

しかも、J大病院で眼科の診察を受ける日でもある。

ドキドキする。何といわれるか?やはりレーザー手術をしなくてはいけ

ないのか。自覚症状では、悪くなっていないような気がする。だって、体重も8キロ近く減っているし、血圧も良い。心電図の乱れや肝機能の働きに不

安はあっても、とにかく5月23日以降、20日足らずで体重が8キロ減ったのである。

それも無理を重ねて強引にやったというのではない。「食べてよいものは食べて、それでやせるのが本来のあり方、無理はいけない」を実践してきた結果である。

眼科のK先生が声を上げた。

「あれ、良くなってますよ。視力も回復していますね。この前より状態が良くなっています。

何があったんです?

短期間で良くなっている。これなら手術は見合わせましょう。小康状態ですよ」

「心を入れ替えて、食事療法をきちんとやった結果、体重も減りました。運動も規則正しくやったのです。(塩と水と糖分カットの話はしません)」

「そう、まだ間に合う状態だったのですね。いい時に思い直して、やった結果なのですね。それじゃ、9月まで様子を見ましょう。今の状況で体重が減

いいけば、目も悪化しないと思います。9月にもう一度診察してましょう」

バンザイである。目の前がパアッと明るくなった。こんなにまで変化が出

るものなのだろうか。間違いではないか?でも、K先生は九月まで様子を見ようといわれた。

花博終了までは大丈夫。

もっとも、キチンとした生活管理をしていくという条件はある。が、嬉しいことである。

血糖値も130。ごまかしでなく、食前にである。目標の110以下にするのに、もう二歩というところ。これも嬉しい。

夜、六本木の新北海園で、社員と中島先生、D社の高橋さんらが誕生会を

開いてくれた。事務所開設二十周年記念でもある。今日は良きことが重なった。

新北海園は、事務所と飯倉片町交差点をはさんで、向かい合わせの所にあ

る北京料理のお店である。おいしさとホットな人間関係が評判を呼んで、いつも満席。今日は部屋をとってくれた。中華料理にしたのは、M先生に伺っ

ておいた結果でもある。「中華料理はよいです。但し、キチンとしたお店のものです。理由は塩、醬油、水、植物油を主体として、余分の調味・甘味料を使っていないからです。タケノコを完全に除外すれば、まず大部分の料理が

食べられます。チンゲン菜やパクチョイといった青菜をたっぷりとって下さい。但し、食後に出るお菓子や中華風おしるこは食べないでください」

それなら、新北海園の中華料理は合格である。それらを事前によく佐川支配人に話をしておいたので、献立は「私主体」にしてくれた。といっても、

病院食的なものでなく、野菜類が少し多いかなという一般食である。

中島さんが、「徳島で会ったとき、びっくりしましたよ。頰がゲソッとしているし、こりゃ大変だ、ぶっ倒れるんじゃないかって。顔色も良くなかった。

生気がなくて⋯⋯。先生自身は元気だって言ってたけど、何と言ったらいいのか戸惑ってたんですよね。でも今日はいい。顔色もいいし、ゲッソリがな

くなってる。顔のしわがちょっと多くなったかなって感じ――」

と、言ってくれた。本人が思っているほど、他人の目では健康にはうつっていなかったのだ。

「目の腫れぼったいところが、なくなってる」

「ワアッていう迫力が、なくなった」

「しぼんだのかな。縮まったのか」

「普通の人って感じ」

「違う人を見てるような気がする」

パクパクなんでも食べる、それもうまそうに平らげる豪快さがなくなって寂しい」

とにかく賑やかである。

やはり小さいとはいえ、会社の代表である。

健康が一番気になるのは当たり前。

それが、大丈夫らしいとなれば、みんなの士気にも好影響をているのかもしれない。

やっぱり新北海園はうまい。安心して食べられる。食べすぎないように注意しなくては。

ここ二十日間での最大のごちそうである。

ウーロン茶のおいしい入れ方を、支配人から詳しく聞く。みんなは二次会に行くが、私は失礼して家に帰った。

水と薬をたっぷり飲んだ。夜中、二回トイレに起きる。

6月13日(水)】

体重が80キロを切った。78..8キロ、

一気に1キロ以上も!! 

70台に、アッという間に入ってしまった。長い長い道だった。

七十キロ台になりたいと、何度も何度も挑戦したが壁は破れず、その都度、「バカらしい。や

めよう。どうせ無理なんだから、無理にやることはないや」と勝手に後退を

決め、諦めていたものだ。それが、である。

宝塚のスターとしては戦後最大といわれた雪組の麻実れいのサヨナラ公演「翔け、黄金の翼」の中で、平みちがいうセリフがある。「ビクトリオ・アラ

ドーロ、一体、お前に何が起きたのだ!!教えてくれ、一体何が起きたのだ!!」

これを口走ってしまった。「阿部進、一体、お前に何が起きたのだ!! こうなれば目指せ!!

正真正銘の70キロちょっきりを!!」

明日、愛媛農協の集いが松山市外の奥道後ホテルで開催されるため、松山市内で泊る。朝日新聞夕刊のコラム『人』に、花博いのちの塔館長の私のこ

とが出た。写真入りである。アレレッと思うくらい別人である。髪の毛も黒々としていて、何といっても、デブリのカバではない。知人たち、それにテレ

ビなどで私を見ている人たちは驚くのではないか。いずれにしても反響が楽しみである。

この写真は取材にみえた記者の人が写してくれたものだ。水、塩、しっかりとって寝た。