食べてよいもの、ダメなもの

―毎食、青菜類を二分のーとれ―


【あなた用の食事カルテです】

(M先生)  ハイ、あなたは重い糖尿病患者ですから食養生をちゃんとやって

もらいます。食事カルテを作りました。青いマジックペンで印をつけたものは食べてよいものです。

ピンクはダメです。

絶対ダメなものは絶対ダメです。

治療効果が上がるのも下がるのもあなた次第です。効果が上がってくれば青マジックがふえます。

(阿部)あの、カロリー計算とか食品交換表とかは必要ないのですか。

(M先生)ありません。食べてよいと指定されたものを食べ、ダメって言ったのはダメですから、それを守ればよろしい。

(阿部)1200キロカロリーとか

1400キロカロリーとかっていう制限は?

(M先生) ありません。一度にたくさん食べない。つまり、満腹状態にならなければいいんです。

ああ、よく食べた、もう動けないという状態では、

腸の働きがうまくいかない。

積み残し、消化残しがでてしまうわけです。

残っている所へ次の品物が到着する。腸内でガスが発生し、腐っていくわけです。

大腸内で腐らせないためには何回かに分けて食べる、それでいいのです。

(阿部) 夜中に空腹の時があるのですが、食べてはいけないのでしょうね。

(M先生)お腹がすいたら、いつでも食べていいんですよ。がまんするのは体によくない。

カロリー配分のことなど考えなくていいのですから、夜中でも結構ですよ。

(どういうことだ。腹が減ったらいつでもどうぞ、なんて今まで聞いた事がない。それぞれの食品の持つエネルギー量とか栄養成分などをよく知って、

バランスのとれた献立を作り実施する。それを長く続けていかなくてはならいのが糖尿病であると教わってきたし、そう思ってきた。

エネルギー制限内での充足感を得る難しさ、長続きできない気の遠くなる努力―ー。

それらから挫折して、「ええい、もういいわ。死ぬならうまいものたっぷり食べて死んだ方がましだ」という方向へ行ってしまい、悪化、再入院、治療、退院、悪化、そして合併症へと転がっていくわけだ。

それがない?カロリー計算しなくていいなんて、

ウッソーである)

(M先生)まず食べていけないものは、お腹の中に入って糖分になるもの、つまり炭水化物をとらないことです。

白米のご飯、玄米ご飯、おかゆ、雑炊、片栗粉、パン粉におもちはダメのダメです。

(ダメのダメでは!!日本人であることをやめろというのかこのおじんは!!

玄米ご飯は健康食だっていわれていることを、こんなにあっさり否定してしまっていいのか⁉︎

今までご飯を限りなく愛してきて、こんなうまい日本の米がカリフォルニア米に負けるはずがないから、貿易自由化してもちっとも心配ないし、私は絶対アメリカ米は食べないと決意するくらいに米を愛しているのに、それを捨てろと言う。

ゃっぱり来るんじゃなかった。現代の糖尿病治療の基本は食事療法。バランスのとれた食事こそが治療の基本。それを全面否定するというのか。

かつて糖尿病研究がまだ今日ほどでない時、「糖分をカットする」ことが治療の中心だったと聞く。しかし、現在では糖分は患者といえども相当量摂取する必要があるとされていた。

もっとも糖尿病に適しない糖分として、白米ご飯、

白パン、砂糖菓子、ジャム、マーマレード、果汁類や日本酒、ビールがあるのは確かだった。

だからこれらは遠ざけていたわけだ。しかし玄米ご飯、おかゆ、雑炊、おもちなどいけないなんて聞いたことがない)

(M先生)聞いてますか?先へ進みます。小麦で作ったものは、穀類の中

で比較的糖分が少ないのでいいです。しかしこれも比較の問題ですからとり過ぎないことです。

まず「そうめん」。これは発酵ずみの「ひねもの」に限ります。銘柄は揖保乃糸。これがベストです。全国的に有名なMそうめんは感心しません。

糖分がかなり含まれているからです。

次はパンです。純粋のイーストと食塩だけで焼いたものとなれば安心です

が、市販品はみんなといっていいくらい、糖分が混入していますから、自分のところで焼くのが一番ですね。砂糖、牛乳や馬鈴薯澱粉などの添加物がい

けないからです。

うどんは少量ならいいです。また、そば、中華そば、インスタントラーメン、これはいけない。つまるところあなたの主食は、そうめん、パン、うどんということになります。

(私の好きなものすべて否定。まあいいか。そうめん、パン、うどんがあれば、なんとかやっていけないことはない。でもこの先生よくいうよ。

そばもラーメンも、その道の研究家として一部に知られているこの私が「食べてはいけない」と宣告されたなんてとても人には言えないことだ)

(M先生)養生次第ではスパゲティ、マカロニなども、そのうち食べてもよい事になってきますよ。

粉は薄力粉はダメ。強力粉はよい。

次にですね、豆類へいきましょうか。

これは全部ダメです。栗、小豆、そら豆、えんどう豆、大豆。大豆から作った豆腐はいい。豆乳はJAS規格の純豆乳はいいけど、調整されたもの、豆乳飲料はいけません。

田舎みそ(大豆の赤みそ)は一年以上経っていれば糖分は消えていますからいいです。


(ご飯がダメで、豆もダメ。真ッ暗である。小豆と

くればお汁粉、あんまん、あんパンではないか。

煮豆はおたふく豆、うずら豆、お正月の黒豆。

特に大阪の黒豆の煮たのは大好物。そら豆のお菓子やえんどう豆の入ったご飯もダメ。

この世は闇である。もしかすると、さつまいもも!!悪い予感がおののきに変わる)



タケノコ永久追放!

(M先生) 続いて、いも類ですね。これも全面禁止です。じゃがいも、さつまいも、こいも、さといも、ゆりね、根っこになるものですね。「タケノコ」

これは永久追放ですよ。

(もうコトバもない。穀類、豆類、いも類の日本人のあかしとしての食べ物をとるなと、この先生は簡単にタンタンとして当たり前のように言う。

まさに死ねということではないか。

これならカロリー計算を守り、食品換算表で

タドタドしくやっている方がましである。ノコノコとやってこない方がよかった。しかし、眼は痛い。私は、良い眼の先生を紹介してくれと言ったのに、

この爺さん医者はなんだっていうのだ。目はどうした、わたしゃ目のことで安心できる先生を求めているのに)

(阿部) タケノコは、なぜいけないのですか?

(M先生)白米ご飯よりも糖分が多いのです。人間の舌では甘く感じないが、

アリの舌では十分感じるのです。竹やタケノコの切り跡をみてごらんなさい。

すぐアリが集まってきます。極めて糖質が高いのです。タケノコは糖尿病患者のもっとも大きな

敵の一つですよ。以上守りましょう。

(ニッと笑う。この笑顔につられて、ハイと答えてしまう)

(この他にも驚くべき永久追放者がいるのである)

(M先生)緑葉菜とは、とって、とって、とりまくっても、とり過ぎにはならないものを言います。

従来、野菜類はカロリーが無いとされてきたので、

それほど、重要視されてきていません。

私の治療法の中では、この野菜、特に青菜類が重要なのです。糖分にとって替わる主役なのです。全食事量の半分、二分の一が青菜類であると覚えて下さい。

みずな、しろな、しゃくしな、おおさかな、きくな、レタス、とりな、野沢菜、広島菜、みつば、セリ、パクチョイ、サラダ菜、青ねぎ、みょうがが

いいのです。大根やかぶの葉っぱは、若い間引きしたものはいいです。白菜は葉先の青いとこだけで、白いのはダメのダメ。ほうれん草はゆで汁を三回

捨てたもの、なぜ三回って聞かないで下さい。

キャベッ、白ねぎはダメです。

もやしはなるべく食べない。食べたい時は、一日陽に当ててから使う。冷凍ものはダメ。青菜を調理する時はガラスなべを使うことですよ。できますよね。(ニッと笑う)

それから、果菜類というのは、徳島のすだち、トマト(甘くない露地もの)、きゅうり、それにピーマン。これらが主食と思ってください。

(大丈夫かね。これで体力は維持できるのだろうか、心配になってきた)

(阿部)  広島菜とか、野沢菜がいいということは漬け物でもいいのですか?

(M先生)もちろん、野沢菜漬け、広島菜漬け共にいいですよ。ぬか漬けは、青菜類はいいですよ。

古漬け、浅漬け、塩漬け大歓迎。

奈良漬け、千枚漬けはハイ、ダメですね。

ミリンが入っていますから。糖分ですね。カットしましょう。

(とにかく糖分が入っていると思われるものは親の仇、不倶戴天の仇なのだ。

だんだんわかってきたぞ。とにかく糖分がいけないのだ。何としても体の中に入れたくないらしい。

M先生の話を聞いていると今までの私は完全糖分漬けであったということになる。

それを抜き去るだけでも大仕事なのだ。だか

ら、糖分とおぼしきものを供給していたのでは敵に塩を贈っていることになるというわけか。でも青菜、葉菜、果菜づけではかなわない。

そうだ、肉、肉はどうなっているのか。やっぱりこれも目の仇か?)

肉も魚も筋肉よし、腸ダメだ】

(阿部) あの、魚の肉とか牛肉とかいうのも、やっぱりダメなんでしょうね。

(M先生)これはいい質問です。

牛肉、鶏肉、鯨肉⋯⋯。それから鮮魚、貝類、えび、かにすべて⋯⋯0Kです。

(阿部) えッ、いいんですか!!

(M先生)いいんです。但し筋肉です。内臓はいけません。お腹の中に入っ

て腐るものはダメです。肝とかレバーとかホルモンとか、いわゆるホルモン焼き屋さんでおいしいもの、あれはすべてダメです。魚の腹わたもダメです。

あゆの塩焼き、丸ごと食べてはいけません。腹わたは取って食べて下さい。

調理の仕方は、焼くなり、煮るなり、さしみなりお好きにどうぞ。

のりは、のり巻き用のすしのり、焼きのりはいいです。味つけのりはダメ。

(阿部 )ミリンが入っていて糖分がある。

(M先生)その通り。こんぶ、わかめもだしを取る目的ならいいんです。佃煮などにしようと思うのはダメ⋯⋯。

(阿部 )砂糖を使うから――。

(M先生)わかってきましたね。

阿部ひじき、たらこ、かずのこ、イクラというところはダメ?

(M先生)そう、ダメです。うなぎの白焼きはいいのです。かば焼きはダメというのはわかりますね。

(阿部)わかります、わかります。タレです。

(M先生)あのタレも親の仇です。

かなり当分、ダメでしょうね。

永久追放まではいかないけれどもね⋯⋯。

(でも元気が出てきた。ステーキはいいってことだ。トロもいける。大好きな渡りガニなんてドンドコ食べちゃおう。貝類もいいとなれば、この方面に

関しては大勝利ではないか。行きつけの六本木のすし屋、みや本も大丈夫なのだと思うと人生光明が射してきた。なにしろ、夕食、夜食はほとんどここ。

シャリがダメなら、お作りとサラダで居座り続けられるのだ。これなら、ごはんよサヨナラ、でも落ち込むことが少なくてすみそうである。

ステーキ、しゃぶしゃぶはいいわけで、すき焼きはまずいんだよな、砂糖が準主役だもんね。

干物もいいわけだ。さけ、ますやあじ。みりん干しはダメ。肉と魚はトレトレでいいとなれば元気百倍。毎日の青菜に、肉、魚で対決となればこれは何とかいけそうではないか)

(阿部)ベーコン大好きなんですが。それにソーセージはどうでしょう?



(M先生)ああ、輸入物なら大体いいですよ。割高になりますが、ドイッ、イギリス、スイスといったところのコンビーフ、ローストハム、ベーコン、ソ―セージといったものは砂糖を使っていません。でもこの頃、日本向けに甘く作られたものが多くなっていますから、よく吟味して買って下さい。

その他加工食品では、油あげ、高野どうふ、ゆばはいいが、がんもどき、はんぺん、かまぼこ、魚肉練製品、ちくわ、しゅうまい、ぎょうざは当分ダメ。

(横浜名物崎陽軒のしゅうまい、新北海園の水ぎょうざがダメとは、また少し暗くなってしまう)

牛乳も永久追放なり!】

(M先生)化学調味料とか化学風味料といったものはダメです。醬油はこれ、

タケサン生搾醬油。これは添加物が入ってません。メモして下さい。注文すれば行きつけのお店でとってくれます。油はサフラワー(紅花)油がベスト。

他にリノールサラダ油。かつおぶしは自分で削って下さい。けずりぶしはダメ。わかりますね。ミリン、ミリン。

サッカリン又は錠剤のPAL・SWETがいい。それと天然バターがあなたの目を救うと思って、心ゆくまでたっぷり、パンに塗って食べてください。そう、一枚のパンの上に十ミリぐらいの厚さで、パンを食べるというよりバターを味わう、そのつけ合わせがパンだ!ぐらいに考えてやって下さい。みそは、田舎みそ(大豆の赤みそ)、古みそがいい。

一年以上寝かせたものがいい。チーズはナチュラルチーズなら少しくらいかまわない。プロセスチーズはいけません。あといけないのはウスターソース、マヨネーズ、米酢、トマトケチャップ(トマトピューレはよい)、それから香辛料(わさび、こしょう、カレー、からし)は追放です。ジャム、マーマレード、マーガリン、酒粕、ラードなどもいけません。


(横浜の元町にNAKAYAという輸入専門の食料品店があり、チーズ、バター、ベーコンなど、なんでも揃っている。カレー粉は、あらゆる種類のも

のをここから買い入れ、変化に富んだカレーを作るのを楽しみにしている。

それも夢と消える。ジャム、マーマレードもわが家の食料庫に品数豊富に出番を待っている。あれともオサラバである。ああ)

(M先生)調味料で一番大切なもの、そう塩です。これはたっぷり取ります。

いいですか。 保健指導でなくても、成人の塩は

1日10グラム以下にと言われていて、これが通説になっています。文部省発行の中学の教科書、

たぶん保健体育だと思いますが、それには「人間の体に必要な塩分は1日25グラム」と書いてあり、それが修正されたというのは聞いていません。

いつの間にか1日10グラム以下となっています。ここは治療の一番大切なポイントですから、通院してくる間に説明します。とにかく塩分控え目では

ありませんよ。十分とるのですよ。

海水の精塩か岩塩。いわゆる純塩化ナトリウムの食卓塩はさけて下さい。

(こりゃ二度目の黒船である。青天の霹靂がまた襲ってきた。陣容を建て直して立ち向かっていかなくては、一方的に押しまくられてしまいそうだ)

(M先生)コーヒー、紅茶、麦茶、番茶はいいですよ。コーヒーはアメリカン風。豆は挽き立てのがいいけれども粉でもかまいません。インスタントは

添加物入りと思っていいでしょう。避けて下さい。糖の入っていないレモンスカッシュ、ミキサーで作った自家製の緑葉菜ジュースはいい。

コーラ、ココア、ヨーグルトはダメ。牛乳、練乳、乳酸飲料、これらは永久追放です。

(第三の青天の霹露。牛乳は今までかかさず毎日飲むことが健康の元。これはどの栄養学の本や糖尿病の食事療法の献立表でも必須飲み物となっている

のだ。永久追放とは何ごと!!

このM先生、乳製品メーカーに恨みでもある

のだろうか。これだけ目茶苦茶をいうお医者さんは初めてである)

(M先生)それで最後に果物。これは当面レモン以外は全品だめですよ。あれが良くてこれがいいというわけにはいきませんので、品名はあげません。

ぜんぶダメ。レモンのみ。あなたのところに果物を贈ってきたりしたら喜ん

ではいけません。それは「早く、死ね」といっていることですから――。

(「勝手にしやがれ」というヌーベルバーグのフランス映画が30年程前にあったが、まさに、開いた口がふさがらない。

こうまで見事に現在の医学界、病院で、医者と患者の間に定着している方式を、百八十度ひっくり返してニィッと笑っている、この七十五歳のお医者さんは本物なのだろうか。

私を紹介してくれたDさんは「名医だ」と言う。これはきっと、日本テレビ系の「どっきりカメラ」ではないだろうか。そういえば診療所の入口付近

にしてもそれらしい感じがする。これは冗談なのだ。きっと)