ニセモノだらけのこの世のなか。
右を向いても左を見ても、似たり寄ったりの商品、どこかで聞いたことのある音楽、テレビからの受け売りの言葉、雑誌に踊らされたファッション、お決まりのストーリーなどなど、お手軽なニセモノで溢れ返っています。
そのなかに時折、キラリと光るマジモン(本物)があります。
普段ボンヤリと過ごしている僕などは、そういうマジモンに遭遇したとき、えも言われぬ歓びと興奮に包まれるのです。
たとえば走り屋。
いまでこそ街で見かけることはほとんどありませんが、僕が免許を取り立ての頃、気の利いた野郎は5速MTを駆使してカッ飛んでいました(田舎の出ですから…)。
しかし哀しいかな、そのほとんどは、僕も含めてニセモンでした。
やたらアクセルとブレーキをガツンと踏み、ステアリングをエイヤと切り込み、同乗者をヒヤヒヤさせるような運転をして悦に入っていました。
そんな若さと馬鹿さ爆発の運転をしていたとき、僕はマジモンに遭遇しました。
プロドライバーだったGさんの運転するクルマ(タービン交換仕様のFC3S)の助手席に乗せてもらい、真夜中の首都高を走ったのです。
『Miltz、眠くね?』
などといたって普通の会話をしながら、GさんドライブのFC3Sは、レインボーブリッジに至る高速コーナーを4速全開ゼロカウンターで駆け抜けていきました。
エンジンは雄叫びを上げ、タイヤは悲鳴を上げていましたが、チューンドFCは挙動を一切乱すことなく走り続けました。
『こいつにはかなわない。マジモンだ…』
タバコを燻らせながら5速にシフトアップするGさんを見て、僕は興奮を抑えきれませんでした。
そして、いまから5~6年ほど前。
別のマジモンに遭遇しました。
当時僕は、一般家庭に野菜などを宅配する仕事に就いていました。
事件は、渋谷での配達中に起こりました。
円山町の狭い道をいつもの宅配トラックで走行中、前のクルマがいきなり道の真ん中で停車したのです。
『ブーー!』
僕は即座にクラクションを鳴らしました。
宅配業に就いたことのある人ならわかってもらえると思いますが、基本的に仕事中は急いでいます。
なぜなら、急がないと仕事が終わらないですし、なかには時間指定のお客もいるからです。
『退きさらせ! ドアホ!』
もしかしたら、無意識のうちに叫んでいたかもしれません。
と、前のクルマのブレーキランプが消えました。
ゆっくりと運転席のドアが開き、ブラックスーツに身を固めたお兄さんが降りてきました。
ブラックスーツのお兄さんは、ゆったりとした足取りでクルマの後ろ、トラックの前に回り、そして助手席側の道路脇に設置してあった自動販売機で缶コーヒーを買いました。
お兄さんのやたら自然な足取りを見た僕は、心のなかの警報機が最大音量で危険を知らせていることに気付きました。
『アイツ、なんか知らんけどヤバイぞ!』
お兄さんは自販機から缶コーヒーを取り出し、運転席に戻ろうと歩き出しました。
ゆっくり、1歩ずつ。
お兄さんが、トラックの前を通り過ぎました。
そして、ゆらりと僕の方に向き直りました。
お兄さんの全身から、トキのように穏やかな、それでいてラオウのように猛々しい“気”が伝わってきました。
次の瞬間、僕は笑福亭鶴瓶のような満面の笑みで、
『どうも~』
と挨拶しました。
一瞬の間のあと、何事もなかったかのように、お兄さんはゆっくりと運転席に戻っていきました。
ブレーキランプが束の間点灯し、前のクルマは走り出しました。
ゆっくり10秒数えてから、僕はトラックのギアを2速に入れました。
前のクルマは、オフホワイトのマジェスタでした。
僕は思いました。
“頼むから、ヤクザは黒塗りのベンツに乗ってくれ”
ちなみに、これはスジモンの話でした。
-------------
今日の映画:激突! 1971年 スティーブン・スピルバーグ監督
クルマに乗っていると、ヤバい目に遭うこともありますよね。

右を向いても左を見ても、似たり寄ったりの商品、どこかで聞いたことのある音楽、テレビからの受け売りの言葉、雑誌に踊らされたファッション、お決まりのストーリーなどなど、お手軽なニセモノで溢れ返っています。
そのなかに時折、キラリと光るマジモン(本物)があります。
普段ボンヤリと過ごしている僕などは、そういうマジモンに遭遇したとき、えも言われぬ歓びと興奮に包まれるのです。
たとえば走り屋。
いまでこそ街で見かけることはほとんどありませんが、僕が免許を取り立ての頃、気の利いた野郎は5速MTを駆使してカッ飛んでいました(田舎の出ですから…)。
しかし哀しいかな、そのほとんどは、僕も含めてニセモンでした。
やたらアクセルとブレーキをガツンと踏み、ステアリングをエイヤと切り込み、同乗者をヒヤヒヤさせるような運転をして悦に入っていました。
そんな若さと馬鹿さ爆発の運転をしていたとき、僕はマジモンに遭遇しました。
プロドライバーだったGさんの運転するクルマ(タービン交換仕様のFC3S)の助手席に乗せてもらい、真夜中の首都高を走ったのです。
『Miltz、眠くね?』
などといたって普通の会話をしながら、GさんドライブのFC3Sは、レインボーブリッジに至る高速コーナーを4速全開ゼロカウンターで駆け抜けていきました。
エンジンは雄叫びを上げ、タイヤは悲鳴を上げていましたが、チューンドFCは挙動を一切乱すことなく走り続けました。
『こいつにはかなわない。マジモンだ…』
タバコを燻らせながら5速にシフトアップするGさんを見て、僕は興奮を抑えきれませんでした。
そして、いまから5~6年ほど前。
別のマジモンに遭遇しました。
当時僕は、一般家庭に野菜などを宅配する仕事に就いていました。
事件は、渋谷での配達中に起こりました。
円山町の狭い道をいつもの宅配トラックで走行中、前のクルマがいきなり道の真ん中で停車したのです。
『ブーー!』
僕は即座にクラクションを鳴らしました。
宅配業に就いたことのある人ならわかってもらえると思いますが、基本的に仕事中は急いでいます。
なぜなら、急がないと仕事が終わらないですし、なかには時間指定のお客もいるからです。
『退きさらせ! ドアホ!』
もしかしたら、無意識のうちに叫んでいたかもしれません。
と、前のクルマのブレーキランプが消えました。
ゆっくりと運転席のドアが開き、ブラックスーツに身を固めたお兄さんが降りてきました。
ブラックスーツのお兄さんは、ゆったりとした足取りでクルマの後ろ、トラックの前に回り、そして助手席側の道路脇に設置してあった自動販売機で缶コーヒーを買いました。
お兄さんのやたら自然な足取りを見た僕は、心のなかの警報機が最大音量で危険を知らせていることに気付きました。
『アイツ、なんか知らんけどヤバイぞ!』
お兄さんは自販機から缶コーヒーを取り出し、運転席に戻ろうと歩き出しました。
ゆっくり、1歩ずつ。
お兄さんが、トラックの前を通り過ぎました。
そして、ゆらりと僕の方に向き直りました。
お兄さんの全身から、トキのように穏やかな、それでいてラオウのように猛々しい“気”が伝わってきました。
次の瞬間、僕は笑福亭鶴瓶のような満面の笑みで、
『どうも~』
と挨拶しました。
一瞬の間のあと、何事もなかったかのように、お兄さんはゆっくりと運転席に戻っていきました。
ブレーキランプが束の間点灯し、前のクルマは走り出しました。
ゆっくり10秒数えてから、僕はトラックのギアを2速に入れました。
前のクルマは、オフホワイトのマジェスタでした。
僕は思いました。
“頼むから、ヤクザは黒塗りのベンツに乗ってくれ”
ちなみに、これはスジモンの話でした。
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今日の映画:激突! 1971年 スティーブン・スピルバーグ監督
クルマに乗っていると、ヤバい目に遭うこともありますよね。
