まだまだやな
やり遂げた子供達につい使ってしまう言葉
慢心せず更なる成長を願い使ってしまう
しかし
本人からしたら
その言葉が必要かどうか考える
何を持ってまだまだなのか?
何がどう足りないのか?
それを明確に伝えなければ無責任な言葉になり本人の為になるとは言えないのかも知れない
それは指導者であっても同じと思う
明確に目指すモノを与えているのなら
その言葉を使っても意味があるだろうが…
指導歴が長く教え子も多い指導者は比べる選手も多く「まだまだ」と使ってしまうだろう
それが事実かも知れないが言われた本人はどうする事も出来ない
まだまだで終わらせてはならない
その次の言葉を子供達は待っている
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