最近、色んなことが変わったので
自分自身のスタンスも大きく変わっています。
もちろん世界に対する考え方だけでなく、
関わる人自体も変化があります。
その時に結構大切になるのが、
人によって何を言うかが変わるということ。
仏陀でもキリストでも
基本的には対機説法であり、
生徒に合わせて答えていたと言われています。
なので、彼らの全ての聖典をまとめようとすると
結構、整合性がとれなくて困ったりすることが多いわけです。
もちろん自分で聖典を書いていないので、
弟子たちがなんとかそれを記したわけですが、
それはもはや言った本人の意図が織り込まれていないというか
誤解されるような形になっていることも少なくないです。
その中でも大きな区別は
世俗的真理と究極的真理の違いで、
両者には180度違う答えがあったりします。
例えば、ビジネスではスピードがとても大切で、
すぐに行動し、結果を出すことが重要である。
というのは世俗的真理です。
ところが、宗教でいう究極的真理においては
悟りは徹底して「待つ」という忍耐が
とても重要であると説きます。
多くの混乱はこれらの真理の混同から来ていることが多く、
誰に対して言っているのかがわからないことが
よけいに事態をややこしくさせているのかなと思います。
そういう意味では聖典を読み解くことは
かなりレベルの高いことであると理解すべきです。
時代背景も違うので、
かなり注意しないとこの時代の
この国の文化には全く使えないということも
結構出てくるわけです。
そういう意味では、
宗教というものはとてもライブ感が重要であり、
個人と聖者との直接の関係性が一番意味を持つ
ということになります。
もちろん、そこまで行くためには
色々準備が必要になりますが、
最後はやはり直接的なやり取りの中で
修行していくというのが大切なのだなと
最近は改めて思います。