霊的な修行というものは

まあエンドレスというか、

ある過程が終われば次の過程が始まる感じなのですが、

 

ある程度、修行が進み

自己実現から本当の意味で自分を知りたい段階に来た時に

一番大切になるのが純粋さになります。

 

まあそれまでに積み立てたものを

そぎ落としていく過程でもあるので、

 

知識を捨てるという感じにもなります。

 

なぜなら知識がありすぎると

マインドが動きすぎて

愛が入る余地がなくなるからです。

 

知識が増えれば増えるほど、

愛から遠のくとも言えます。

 

そして神の恩寵をいつまでたっても

受け止められない状態が続いてしまうわけです。

 

私は今までにたくさん勉強して

知識をかなり積み立ててきたので、

 

正直、この勉強をやめるというか

知識を脇に置くという過程が

とてもやりづらいです。

 

そうはいっても

これ以上、知識を増やし続けたところで

悟りの方にはいかないなという感覚が

日に日に強くなるので、

 

やはり最後は知識に頼らず、

愛を受け入れる純粋さをはぐくむことが

とても大切なのかなと思います。

 

そして何よりも重要なのは、

その神の恩寵はいつやってくるか

全くわからないということ。

 

つまり、それは待つということが

とても大切であるということ。

 

その過程で純粋さを保つことが

最後の修行なのだなと

最近は改めて認識させられるのです。