本当の意味で自分にやさしくおだやかで
自分を大切にすると中心が定まってきます。
そして人に人生を預けることが
なくなっていくわけです。
逆に自分をないがしろにすると
人に合わせなければという意識が生まれ、
自分を見失ってしまいます。
そのような状態で人に会うと
人は鏡のように映るわけです。
特に自分が嫌だなと思っている部分に対しては
人がそれを持っている場合、
その人が嫌いというか嫌だなという感じになりやすいです。
本来は人の良いところを見ようとすることが
一番大切なのですが、
自分を本当の意味で認めていないと
常に人が鏡に映ってしまうので、
嫌いな人は悪いところばかり見えてしまうのが現実です。
それでも良い部分を見ようとすると
ある意味ステージは上がっていますが、
やはりその前に自分の価値を認める方が、
それはやりやすいような気がします。
まあ人の良いところを見るというのは、
魂からあふれ出す光を見出すということでもあるので、
人の一番神聖な部分を見ようとしている作業でもあるわけで、
とてもスピリチャルな修行をしていることになります。
そういう意味でも
自分を認めるということは
自分の神聖な部分を見るということでもあるので、
これもまたスピリチャルな修行であるということになります。
いずれにしても
自分を認め、常に自分とともにあるということは
生きている限りとても大切なことだと言えます。
やはり自分が自分の中心でいるからこそ、
その中心にある魂の輝きを発せられるということなのです。