何を隠そう私は
『過去を思い出しあーーーっとなる』族の一人である。


一日すごしてなにひとつも
『あーーー』とならないときはおおかた誰とも口をきかず黙々と机に向かっていたわけであって、それはそれで如何なものかとも思えるが、少なくとも心中おだやかである。


何かヘマをしてしまっては必ず後で『あーーー』となるのだから、『過去を思い出してあーーーっとな』らないためには未来を見据えないといけない。『あーーー』とならなそうな保守的な行動のみを心がけるのである。


それと関連して、私は『やらない後悔より、やった後悔!』という素晴らしい言葉にどうしても共感できない。色んな場面で使われるこの言葉は客観的にはほんとうに素晴らしい。(恋愛で脳みそが埋め尽くされている)少女漫画の登場人物でさえ、この言葉を信じておよそ手の届かないセンパイにアタックしたところ、ボーイフレンド(仮)のような夢の学園生活を手にするのである。言ったもの勝ちの精神もこれに類似すると解される。


しかし主観的にはこの言葉はほんとうに恐ろしい。後悔するほどの過去の行為が呼ぶ未来の『あーーー』の威力はすごい。悶絶びゃくじである。
一方、不作為から『あーーー』は生まれない。
というわけだから私は常に『やって後悔するくらいならやらない』を心がけて精神衛生上たいへん健康的な日々をおくっている。

だがしかし、そうとばかり言ってもいられない。このポリシーは客観的には素晴らしくないのである。
そんなポリシーを口にしてしまったらそれこそその発言に対して『あーーー』となるのは必至である。


ああ難しきかな。



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あー、えぇぇっと、ごほん



ナマステ。


ご無沙汰しております、テルオです。


私はこの沙汰、何者かから逃げるかのように二度もの引越しをとげ、現在は京都市上京区に身を潜めている。


これからはここ京都で愛車の白丸とともに暗く辛くも希望に溢れた学生生活を送るのである
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これだけ間が空くと、自分の文章というものを忘れて、ひとつブログを更新するのも一苦労、読んでいただくに値しない文字の羅列をお見せすることになろう。

しかし米が炊けるまでのこの数十分ひとつお付き合い頂きたい。


明日から4月、増税前に特にすることも見当たらないが、明日からあまり有閑生活を送るわけにもいかなくなるのだからひとまず今日いちにちは最後にのんびりしてやろうと

白丸に乗って散歩に出かけた。
安いスーパー巡りである

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しかし吸い込まれるようにたどり着いたのは

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やはりここである。

スーパーに行くつもりの装備で神様に詣で、糺の森でタヌキをさがし

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一人おみくじを引く

私の座右の銘は

占いに従え


なのであるから
神様のいうことを受け入れないわけにはいかぬ。
書かれていることを無理矢理自分に当てはめ、重く中吉を受け止めるのだ。
ありがたや


そして白丸は私を京都御苑に導き
だだっ広い砂利の上をひた走る…

と言いたいところだが

私は自転車運転が驚くほど下手である。砂利の上を走ることはできない
ちなみに細いところも走れない。

後者は車幅感覚が欠如しているためだ
。ぶつかりそうかなと思ったときの対処が、『自分の手をさっと除ける』なのは私はの落ち度かもしれぬ。不思議なことにハンドルがぶつかる。

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米が炊けている。

また会う日まで!






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図書館もいよいよ人が少なくなってきた。

というか、大学に来ている学生がそもそも少なくなってきた。


上は時間的な関係で下は季節的な話である。

私はのらりくらりと、眠っているのだか起きているのだかわからないような大学生活を3年半もすごし、今も眠っているのだか起きているのだかわからない状態で、この意味があるのだかないのだかわからない手記を綴っているわけだが、

そんな私は3年半の間、ものすごく、大学にいる。

なぜなら自宅にはイスがないからである。大学の図書館もしくは学食に、私は座っているのである。

少し話が脱線したが、つまり私はその3年半の間にいわゆる大学生がどのように大学に通いどのような生活を送っているのかをこの目で観察してきたわけだ。

春、ピチピチの新入生を迎え、やれ新歓コンパだ、やれ履修登録だしている頃、大学は華やいでいる。
上回生はかわいらしい新入生に、大人の魅力を振りまいて、新歓コンパの帰りに次の個人的なコンパの予約を取り付けるなど精を出している。
大学には人がたくさん、学食に並ぶ列は1月1日の伊勢神宮のごとくである。

その間こちらは図書館のイスに座っている。






ぼぼ略






秋、マンモスサークルに入部し、独自の情報ネットワークの中に身をおいた学生たちは、単位をとることのちょろさに気づき、大学の授業に顔を出す機会が格段に減る。
らくしょー授業なるものをそのネットワークで調べ上げ見事に単位を盗み取るのだ。


その間私は図書館のイスに座っている。


そして今、冬を目前にして、
私はいうまでもなく図書館のイスに座っているわけだが、

5限めの最終授業を終えたこの時間に図書館のイスに座ってなにやら難しそうな本を読んでいる猛者など、
見渡す限り、私の他に4人の男子学生のみである。

下宿にイスがないに違いない。もしくは電気がないのだ。



さて、そこでタイトルの本題に入るわけだが、
私はこの人の少なさに気を抜いていた。眠っているのだか起きているのだかわからないうえに、気を抜いていた。


そうして放った大あくびが

向こうから歩いて席に戻ってきた一人の学生に目撃されたのである。

何もかもを吸い込んでしまいそうなこの大あくびで、
私のことを怪獣かなにかだと勘違いしたに違いない。
彼はプルプルと震えながら今も斜め前の席に座ってなにやら難しそうな本のページをめくっている。



恥ずかしいのは私である。






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大学祭初日である。
今日から4日間、お祭り騒ぎが続くのだ。
他大学の女子大生であろうピチピチゆるふわ女子たちが、模擬店の勧誘プレートを掲げたお祭り男たちの勧誘の嵐に揉まれながら品定めをしている横を、

私はニコリともせずに大学図書館に入って行くのだ。
布団を干して家を出て自転車にまたがった瞬間に、学祭のことを思い出し一度は引き返すことも考えたのだが、大怪我覚悟でペダルを漕いだのである。


そして前述の勧誘の波間を見事にくぐり抜け(といっても、しかめっ面を決め込み一人で足早に歩き去る私を勧誘しよう勇者は誰一人現れなかった。)今、この大学図書館1Fに落ち着いたのである。


するとなんということか、いつもいつもそれはそれはいつも、近くの席で何か難しそうな本とにらめっこをしている年齢不詳の学生が今日もいるではないか。


参考までに彼の容姿を説明しよう。
肩くらいまで無造作に伸びた黒髪は自然の湿気の力でふにゃふにゃとあちこちに飛び回っており、黒いスニーカーはこれでもかと磨り減っている。
黒い長袖のポロシャツのような服とデニム。


この男はいつ家に帰っているのであろうか。

しかし親近感を抱かずにはいられない。次に前を通り過ぎるときにはほんのすこおしだけ微笑んでみよう




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季節の変わり目にブログを更新するとのことでその名を知られているテルオではあるが、

2日前に秋が来て、今もう冬が来たわけではないのでご安心を。

どうしても2点、ここに述べておきたいことがある。

まず一つはクオカードで図書カードの購入は可能であるか否か。

私は不意に入手した多額のクオカードをなんとなくコンビニ等ですり減らすことを好ましく思わないため、ぜひとも勉学の役に立たすべく書籍購入に当てたいと考えている。

同じ出費でも全然ちがうのだ!(気持ち的に)

そこであらゆる書店(大学生協を含む)で商品をレジスターに持ってゆき、愚かなことにそのタイミングでクオカードの利用の可否を尋ね、謝罪の言葉を頂いた後に不覚にも現金を支払ってきたのだ。
一度や二度のことではない!

そこで、クオカードで図書カードを購入できるのならば、私は、

…けっこう嬉しい




二つ目の話題は

簡単に言ってしまえば抱負ということになるのだろうか、今日、大学生協の書籍部で上記の一連のやりとりの後、『行政法判例百選』に現金を支払ったときの話である。

書籍部の店員殿(お会計のとき以外も何回かお世話になっているのでもしかしたら私を個人として認識している可能性がある!)が私に

『土曜も日曜もなしで、よう頑張ってるねえ』

と、


おっしゃったのだ。ああ、私はこれからあなたのために頑張ろうかと思わせるような、まあ、つまり、コロッといくようなそんな言葉を。

まさか、

『月曜も火曜もなしで毎日昼まで寝ている』などと言えるはずもなく


偽りの自分を否定することがてきなかったため、仕方が無いので
今から

土曜も日曜もなしで頑張っている人になることにした。


あの店員殿に嘘はつけぬ!


がんばろう、(少なくとも土曜と日曜は。)

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