朝、5時10分台には家を出ておりました。仕事場到着が5:20です。
着替えて靴履き替えて、手を洗って消毒液を作って消毒スプレーを作る…さらに朝の体温と味覚嗅覚記録をして、冷蔵庫と冷凍庫の温度をチェックしてメモします。
そして、前日の洗い物は残っていないか確認、あったら洗う。食器乾燥機の中身を取り出して定位置に収める。
そこからようやく本題に入る感じです。
これだけ早く出勤しても、結構やること満載で、お食事提供は約束の7:00ギリギリになります。
食が少ない方の下膳を見ると、とても心配になります。ほとんど口をつけられていないととても心配です。
今朝は、嬉しいことがありました。いつも滅多に手をつけない方が、残しこそすれ、いつもよりもだいぶ召し上がっていましたから。こういうちょっとしたことがすごく嬉しい朝でした。
食が細いということ、自分の親のように心配になります。
帰宅して私の朝食は「白っぽい食べ物」でした。
お粥用の余ったご飯できな粉団子作りました。主食はそれとオートミール粥。
キャベツ料理は夫、めちゃくちゃ上手です。
オリーブオイルで炒めてコンソメベースのスープで煮込みます。
これ高齢者施設などですごく喜ばれるメニューのような気がします。
いやあ、それにしても、私って…
ザ・大食漢!
パウロは11章で、「預言の恵みの賜物と公的な祈りの奉仕」を女性信徒に許可しています。そして14章では「他の種類の話をすること」を女性に禁じているのです。
初代教会の説教は集まった教会員たちに教師が質問を発する話し合いの場でもあり、そこでは、質問をした人が話し合いを指導したようです。ですから、聴き手のうちの誰かが質問者つまり教師の立場を奪い取るような事態が実際にコリントの教会では起こったのでしょう。それゆえ「コリントの女性信徒たちは自宅で夫に質問するように」という指示をパウロは与えています。「女性信徒は礼拝で教師として活動してはいけない」ということです。これを今の日本で当てはめるかというと、これはまた別の話題であると思います。教派によっては女性牧師を認めないグループもあるようですが、この箇所は当時のコリントでの話という文脈で捉えた方が良いのかもしれません。
これをもって聖書は男尊女卑と解釈するとしたらそれはナンセンスです。

