朝から、腸のお話をYouTube等で聞きました。大腸というものは身体の中でとても大切な役割があるのだなとあらためて痛感です。

食事をする際に、大腸の中の善玉菌や日和見さんたちが喜ぶ食事を提供する目から鱗です。自分の喜ぶ食事ばかりしてきました。

今後、大腸を思いながらお食事をと考えています。

てなわけで本日のバイタルチェック!



久々の、4日振りのラジたいでした。

今日は「みんなの体操」の6番目の動作が微塵のブレもなくできたこと、悦にいっています。1日気分良く過ごせそう。笑








ユダヤ当局のパウロに対する告発の目的は、彼を死刑にすることでした。しかし当時のユダヤはローマの属国であったため、人を死刑にする場合には、どうしてもローマの法に従い、ローマの法廷で裁かれなければなりませんでした。そのため、ユダヤ当局は目的を果たすため、いろいろと多くの重い罪状を申し立てますが、パウロの死刑に値するような決定的な証拠を上げる事ができませんでした。そのためにユダヤの総督ペリクスも、また後任のフェストも同様に、裁判の判決を延期するという形を取らざるを得ませんでした。

死罪に当たるような罪がないのだとしたら、即刻、無罪放免となるあるはずですが、そうもいかない政治的な事情があったのです。それはペリクスにしても、フェストにしても、自分がこの職を全うするためには、ユダヤ当局とうまく折り合っていかなければならなかったからです。

ぺリクスは「ユダヤ人に恩を売ろうとして」パウロを牢につないだままにしておきました。

フェストの場合は、「ユダヤ人の関心を買おうと」していました。

このように、ユダヤ人たちのご機嫌を取っていないとユダヤでの支配が難しかったことを伺わせます。そうした状況の中でパウロの身柄は拘束されているのです。しかし、ある面からは見れば、パウロの身柄はローマの権威の下で保護されているとも言えるのです。

そうした関わりにおいて、総督フェストがユダヤ側に立った形で、ユダヤ当局の陣営であるエルサレムで再度、裁判を行うことを願うかどうかをパウロに尋ねたとき、パウロはすかさず「カイザルに上訴する」というローマ市民にのみ与えられている特権を用いたのでした。パウロにとってエルサレムへ行くということは、それだけでも身の危険がありましたが、フェストにとっては単に「ユダヤ人の歓心を買うため」でしかありませんでした。