久々のお仕事の日です。
昨日は夕食後買い出しに行こうとした時、うちの前にタクシーを呼んでいた人あり。
半端ない咳をしておられました。
衣装ケースやらすごく大荷物…家出?病院?
それにしてもあの咳、本当なら気の毒に思うところでしたが、あまりの異常さに思わず避けて通り、遠目に何度見してしまいました。大丈夫かしら?命。
タクシーの運転手もすごくすごく困惑された表情でした。
怖い咳でした。
コロナでなくても結核とか考えられるし。
もちろんただのアレルギーやら放射線治療の後遺症なんてこともありますが…
あの咳ではマスクしていたとしても怖い!
ドン引きの咳でした。
大丈夫かなあ…
ご本人、タクシーの運転手、共々無事なことを祈ります。
あ、それと近くを通った私も…
あれでだいぶめげてしまい、経理的な作業せず、おかずだけ作って就寝。
今朝のバイタル
空中携挙(キリストにある死者と生きた信者全てが天に引き上げられる)→7年間の大患難時代→千年王国→第2の復活と白い御座のさばき(最後の審判)→新天新地(新しいエルサレム/永遠の聖なる都)
この順番で時代が動くと私は信じる者です。
新天新地には「太陽」も「月」もありません。主が永遠の光となるからです。このことは、ヨハネの黙示録21章にも「『都には、これを照らす太陽も月もいらない。』というのは、神の栄光が都を照らし、小羊が都のあかりだからである。」と預言されています。
イザヤの時代、彼が語った預言は、イエスの初臨も含む人類救済計画の全体像であり、範囲は広いです。イザヤはまさに神の人!偉大な預言者であり、彼の預言は全て成就しています。さらに、これからの未来のことも語られている。それら全て神の言葉として必ず起こることであると私は確信します。とはいえ、今、目先の出来事に右往左往している小さな私がいます。今一度、この壮大な預言書に触れ、確信を持ったゴールを見据えた歩みをさせていただきたい!と願うこの朝です。
イエスは、パリサイ人達を強盗や雇い人に喩えました。羊がなつかない、そして、狼が来ると自ら一目散に逃げて羊を顧みない…
その点、イエスはご自身を良い羊飼いだと言います。
それは、
・羊の一頭一頭をよく知っていること、
・羊に命を得させ、そのためなら自分の命さえ捨てること、
・他の迷った羊の群れも導きひとつの群れとすること…
そのように説いています。
多くのユダヤ人は「あなたが救い主キリストならはっきりとそう言ってください」と言いつつも、実は、イエスがキリストであることを認めたくなかったのです。
しかし、自分が「弱い羊」であると自覚する者は、この恵みに満ち溢れた羊飼いなるお方を疑いなく受け入れることができるのです。
私は、あなたは、自分が「弱い羊」であると自覚しているでしょうか?自分自身を振り返り、今日のイエスの言葉を吟味してみましょう。
イエスは創造主なる神が人としてこの世に降りて下さったお方であり、私たち羊を一人一人名前を呼んで愛し育ててくださるお方です。羊を救うために命を捨ててくださったお方です。今は天におられますが、のちに必ず再び来られ、イスラエル人も異邦人も全ての信じる民(羊の群れと他の羊の群れ)を皆救い導いてくださるお方です。
ハレルヤ!


