何度も申しあげたように、11月30日の朝、突然声を失いました。
翌日から、かなり過密なスケジュール(歌うこと)が入っておりました。
しかし、この度は不思議なほどに心が平安で、あたふたしませんでした。
気も病みませんでした。
以前原因不明の嗄声が2度ほどあり、完全に元に戻るには3箇月ほど要しました。
今回の声の状態のひどさからすると、3箇月ないしそれ以上はかかるだろうと腹をくくりました。
しかし!
1箇月半・・・完全に戻りました。
ここにくるまでにいろんな経緯も経ました。
今回の失声は、私にとって大きな意味があったと思います。
これ以上ひどい歌はないというような本番も1回ありました。それでも平安でした。
翌日から、かなり過密なスケジュール(歌うこと)が入っておりました。
しかし、この度は不思議なほどに心が平安で、あたふたしませんでした。
気も病みませんでした。
以前原因不明の嗄声が2度ほどあり、完全に元に戻るには3箇月ほど要しました。
今回の声の状態のひどさからすると、3箇月ないしそれ以上はかかるだろうと腹をくくりました。
しかし!
1箇月半・・・完全に戻りました。
ここにくるまでにいろんな経緯も経ました。
今回の失声は、私にとって大きな意味があったと思います。
これ以上ひどい歌はないというような本番も1回ありました。それでも平安でした。
自分を誇ることは一切なしだという事をことごとく悟りました。誇るものはただ一つ、主なる神様。
新年が明け、低い声で話す時に相変わらずハスキーな中、できるだけ高い声で話そうとした際、歌ってみたら中低音が響きにくく、高音がやたら難なく出せたことがありました。
喜べない複雑な心境でした。
新年が明け、低い声で話す時に相変わらずハスキーな中、できるだけ高い声で話そうとした際、歌ってみたら中低音が響きにくく、高音がやたら難なく出せたことがありました。
喜べない複雑な心境でした。
メゾソプラノは中低音が命。
あれからまた日々過ぎました。
話す声が元に戻り、歌ってみますと、中低音は回復。では高音は出ないか?と思いましたが、出ています。
声域が広がったようです。
これで調子に乗ってぬか喜びできません。
話す声が元に戻り、歌ってみますと、中低音は回復。では高音は出ないか?と思いましたが、出ています。
声域が広がったようです。
これで調子に乗ってぬか喜びできません。
この「不思議」に感謝しつつ、かみしめつつ、日々訓練したいと思っています。
あと1箇月後にケズィックコンベンションを控えています。
あと1箇月後にケズィックコンベンションを控えています。


「聴従」というテーマにぴったりの2曲を選曲しました。
まだ編曲の楽譜が完成していませんが、喜びながら準備していきます。
まだ編曲の楽譜が完成していませんが、喜びながら準備していきます。
「キリストの愛、我に迫れり」「Fix me, Jesus」の2曲。初日の午後の聖会で賛美します。
そんな高音が出てくる曲ではありませんが、幅を広げていただけたことを大いに喜び、神様を誇り、感謝と聴従の賛美をお奉げします。
そんな高音が出てくる曲ではありませんが、幅を広げていただけたことを大いに喜び、神様を誇り、感謝と聴従の賛美をお奉げします。