渋谷松涛の隠れ家 タイダイニング「ア・カーム」 -2ページ目

昭和のアイドルに夢中だった先月

まずは、田原俊彦さんから。どんぴしゃな私世代のアイドルでした。そう、たのきんトリオ。中学生の時、まわりはトシチャン派マッチ派とまっぷたつ。よっちゃん?はさておき、私はまったく興味もなくちょっと氣にいらない子のトシチャンの下敷きを曲げてみたりしていました。案外、顔がブサイクに変わるものです。アイドル下敷きを愛用してた方はわかると思いますが、、、で、先月に間違ってyoutubeでとしちゃんの映像を見てしまったのです。カッコイイ!としちゃんのダンスが!あの頃は気付かなかった。ニンジン娘でわかる筈がない。それ以来いっぱいみました。私的には35~42歳くらいまでのトシチャンがキれてる感じ。さすがに、最近のとしちゃんは足あげが大変そう。でも、キれてた時は間違いなく歌って踊ってカッコイイ日本にはいないエンターテイナーですね。リアルタイムで見れなかったのがとても残念。
そして、その流れで中森明菜さん。この方に興味をもったのは歌ではなく芝居でもなく、トーク番組でのセンス。明らかにおもしろい時と、どうしちゃった?時と全然違う。もちろん、素に近い感じなのかなと思われる時は、毒もはくし言葉の選び方も絶妙です。そして、昨日から夢中になってる方は清水ミチコさんと黒柳徹子さんです。まずは、田原俊彦さんと中森明菜さんをチエックしてください。

メロンの苦ーい思い出

今日は数年振りにメロンをいただきました。お客様の差し入れです。大人になっても、やはりメロンを自費で買う事はなかなか勇気がいるのです。高級品という感覚がぬけきらないのです。そして、初めて食べたメロンの思い出が、、、私が初めてメロンを見たのが小学三年でした。当然ながら貧しい我が家ではなく、ちょっと裕福な親戚の家でした。その日は線香をあげに(おやつをもらう目的)二つ上の兄と自転車で一時間かけて、おやつ目的に一生懸命ペダルをこぎました。真夏だったので、親戚の家に着いたころには汗びっしょり。そこの家にはクーラーが。汗は一瞬でどこかに消えていました。そんなところに、お上品な親戚のおばさんがメロンをふた切れ持って登場。初めて目の前で見たメロンは、果物の王様て感じでした。兄と二人きりになり、あれっこの上に乗ってる種の集団はなんなの?食べるべき物なのか、食べちゃいけない物なのか?恥ずかしくておばさんには聞けません。ふたりで協議した結果、食べるべき物だと。飲みこむの苦しかった。無事、メロンも食べおわった頃、おばさん再登場。「あれっ、種はどこに捨てたの」私と兄は目があって、顔を真っ赤にしながらうつむいてしまいました。おばさんはそれ以上何も言わず、キリンレモンも持ってきてくれました。あぁー、何か昭和っていい時代だったなー。

ふさわしくない場所でのふさわしくない話題。

仕事帰り、家の近くでのラーメン屋さんにて夜ご飯。冷やしらーめんとギョウザ、ちょっと贅沢。席に着くと若男子三人衆。彼らは食べ終わり、ラーメン屋でなにやら議論にはなをさかせている様子。私のラーメンとギョウザも程なく登場。まだ、帰る様子が見えない彼ら。どんどん彼らはエキサイトしていて声は大きくなるわ、意見が合わないからけんか口調だわ、、、思いっきり眉間にしわをつけりつつ、ラーメンをすする私。どうやら彼らは某日本一の秀才大学の医学部生。議論の内容は身障者をうまない為の、中絶がどうたらこうたら。だから、ここはラーメン屋!こいつら、勉強は出来ても馬鹿丸出し。私がラーメンとギョウザをたいらげても、まだ帰る様子なく。いったい、あれからいつまで議論していたのか?何度も言うがここはラーメン屋。