皆さまこんにちは。Deux romancesの伊藤です。
今回は音楽外の転職歴について更新しましたので、迷走の23歳編をどうぞお読み下さい。
過去記事はこちら
ペットショップを自主退職して、
オペラのアンダースタディを務めながら次に選んだ仕事は教育関係でした![]()
現在も音楽科やボイトレ・声楽・特別支援の指導などをしている事から、
当時から「他人に教える」という業種は好きだったのかもしれません![]()
【ゼンケン教育システム】という、
当時小学生だった方は懐かしさを感じるかもしれませんが…
「まんてん先生」「ベスト先生」って名目で答案用紙の採点や音読なんかをお手伝いする仕事。
塾講師…とまでは言わないですが、FAXで送られてきたプリントを採点する先生と指導する先生に分かれ
僕は主に指導する側として、電話が置かれた机の前で、ひたすらプリントの問題の解き方を教えるというもの。
先生は本名ではなくて、主にどうぶつの名前を使ってました。
電話越しに「今日は○○先生だからよろしくね!」って児童に話しかけます。
ちなみに僕はアルマジロ先生でした笑
※ペンギン先生が良かったんだけど、使用率が高くてなれませんでした![]()
歌い手は会話好き・人好きなこともそうですが、コミュニケーションが好きです![]()
もれなく自分にも当てはまることで、
初対面の子どもにも緊張せずに楽しく話せる術は、この経験もあるかもしれません![]()
業務時間は、小休憩を入れて6時間程度。
千葉駅の近くのビルの一室でひたすら電話をかけまくる日々でした。
中にはピアノを習っている子もいて、今度ピティナ出るとか。
発表会で『ベートーヴェンの悲愴弾くよ~‼』とか
音楽の話が出来るのも嬉しかったですね♪
つい話が長くなると、事務所の上司が睨みを利かせて文句を言ってきます![]()
費用対効果でしょうね
【時給=電話の本数】なので、上司は数字を気にしていました。
ベスト先生はちょうど1年間続けました。
実は合格当時から1年間だけ…と決めていました。貯金が目的だったので。
※結果的に潰れてしまったので、良い時期に在籍できたんだと思います。
そして、いよいよ第2の音楽修行が始まるのです♪
続く








