本日もブログ『Ω…建築萬紀行…Ω』のアーカイブをお届けします。

 

 

 

《昨日の続き》

 

路上試験に合格すると、最後に取得後講習を受けなければいけません。

そういうのがあることは事前に説明書に記載されていましたが、具体的にどんな講習かしりませんでした。

てっきり、路上試験合格者向けの講習をその日、すなわち路上試験と同じ会場で受講し、即日免許証交付してくれるものと思い込んでいました。

 

窓口で取得後講習を受講できる教習所一覧表を渡されました。

民間の教習所で受けるようでした。

 

窓口の方がおかしなことをおっしゃいました。

 

「一応、一覧表は京都府下の教習所を掲げていますが、別に奈良県で取得してもいいですよ。」

 

と。

 

「へっ、奈良県?」

 

もう僕は路上試験に合格しただけで胸がいっぱいだったので、それ以上突っ込んで説明を受ける気になれず岐路に着きました。

 

 

仕事場の近所に教習所があります。

早速、窓口で取得後講習を予約したいと申し出ました。

 

「今からの予約ですと、2か月ほど先になりますが、よろしいでしょうか?」

 

えぇ!

 

一旦、そこでは申し込まず、他をあたると言って仕事場に戻りました。

 

 

《続く》

 

 

 

 

 

 2006/11/29 

 

№561_両刀使い

 

 

両刀使いで有名なのは、あの「バカボンド」で一躍有名になった宮本武蔵だ。
一方、私もようやくmixiに加入し、日記を書く欄がこのブログと二つになって頭が撹乱している(笑)

駄洒落はともかくとして、日々文章を書いていると、書くネタがないのもかかわらず書くことが増えてくる。書くのが好きというのは大きいが、さすがにmixiとブログの両方を別のエピソードで書くのは極めて困難だ。
しかも、mixi中毒というものがあると新聞で読んだこともあるので、あまりのめりこまないようにしないと仕事に支障をきたす。
仕事場では正直、客先からも随時メールが来る。昨日も客先に9通のメールを送っている。多い日は10通以上になる。電話はたった1件でしたが・・・

話はもっと逸れますが、最近の仕事の通信手段は圧倒的にメールが増えた。個人的にはメールは嫌いじゃないが、なんせ、キーボードを打つのに時間がかかる。だって、使う指は人差し指と中指のアンブラインドタッチ(略して”人中アンブラタッチ”)なので、すごく時間がかかる。見る人によっちゃ、

「ChiChiさん、キーボードたたくの早いですねぇ。」

って、おっしゃってくれますが、はっきり言って、”人中アンブラタッチ”は格好悪い。たまにスペースキーをたたくときだけ親指を思い出したように使うが、それでも大概人差し指だ。
今更、ブラインドタッチなんてできやしないし、かえって遅くなるに決まっている!

そんなわけで、私はAutoCADを使っていても、キーボードのショートカットをほとんど使わない。画面から目線をはずしていると思考が停止するからだ。多分、AutoCADのパワーユーザーの多くは、自分流ショートカットを用意して目にもとまらない早業でベースプレートのアンカーとか書くんだろうけど、私にはできない。

そんな訳で、ブログとmixiの日記を毎日更新するのは大変だということは分かっていただけたでしょうか?さあて、お仕事始めよう。

 

 

 

 

 

 

 2006/11/30 

 

№562_いじめられっこ

 

 

 

そろそろ世の中のニュースが収束に向かっているようですが、子供の自殺が止まったわけではないみたいです。
なにを隠そう、私も小学生時代からいじめられっこでした。
よくあるパターンでしょうが、小学6年の新学期から京都市内の小学校に引っ越してからいじめを受けるようになりました。よもや小学校によってこんなに校風が違うものかと、当時落胆した覚えがあります。
それまでいた小学校は、少なくとも私の周りでいじめなどなく、男女仲良く、先生も放課後に生徒と一緒になってドッジボールを日が沈むまで一緒になって遊ぶような小学校でした。

話は逸れますが、今の小学生は帰りも団体行動です。一連の子供たちを狙った凶悪犯罪の余波を受けてだろうけど、それじゃあ、子供たちの放課後に夢はありません。ただ夢を根底から壊す犯罪の予防策として、いたしかたがないのでしょうが。

そんなのどかで平和な小学校から、陰湿ないじめがはびこる小学校に転校してきた私は、数々のいじめを受けました。始めに断っておきますが、今となってはいじめが嫌な思い出でも何でもありません。単なる記憶です。正直、人生経験上、いじめを受けたことがプラスになっているかマイナスになっているかもわかりません。だから私のいじめを受けたという経験談を読んでも、いじめを受けている子供にとって役に立つ情報になっているとは思っていません。ただ、いじめを受けたからといって、その人の将来まで多大な影響を受けることはないと私は考えています。まっ、しいて言えばいじめを受けるような人に悪い子はいないと信じています。別に私が悪い子でないとは言っていませんが、さほど悪い子でもなかったと思っています。

私の場合のいじめを紹介しておきますと、いじめをする少年から当時私は無知だったのがいけないのでしょうが、放送コードにかかるような言葉を女子に言えと命令されて、ほうきでどつかれながら適当に見つけた女子に言わされたりとか、帰宅間際になるとかばんを隠されたりとか、ささやかないじめばかりでした。

基本的なことですが、子供のうちはやったらやり返せばいいと私は考えています(もちろん、大人になっちったら駄目ですよ~。)。私は我慢の限界まで我慢して、当時は言わなかった言葉でしょうが、限界までいったらちゃんと切れました。いじわるをしている少年たちを泣きながら追いかけてどつきまわしました。そこまでやっちゃえばいいのです。簡単ですよ。
そしてすっきりして、家に帰って好きな絵を書いて心を静めました。
もちろん、それじゃあ、いじめはなくなりません。次の日も次の日もいじめは続きます。そして限界まで我慢して、切れて、泣きながらいじめっ子を蹴飛ばして、家に帰って、絵を書いて、そして寝る。起きたらいじめられて、切れて、足蹴りくらわして、絵を書いて、寝る。

そんな毎日を過ごしていたら新しい環境、中学校に進みます。それが人生です。

(もしかしたら続く)

 

 

 

 

 

 2006/12/1 

 

№563_いじめられっこ2

 

 

(昨日のお話の続きです)

中学校に進んだ私を待ち受けていたのは、更にもっと、きつーいいじめでした。

小学校学区のいくつかが統合された中学校学区になるので、今までの私をいじめていた友人?たちは、ばらばらの学級になりましたが、私の”いじめられっこ気質”は、そう簡単になくなりはしないので、相変わらずいじめられました。でも、最初の数ヶ月はいじめもなかったと記憶しています。平和な中学校生活の中で、いつしかいじめの対処法も忘れていたと思います。
中学校に入学すると、大好きだった絵を本格的に書きたくて、美術部に入りました。そこにはたくさんの先輩がいて、すごくかわいがられた印象が残っています。しかし、一個だけ問題があったのです。先輩は全員、女子だったのです。

入部した同級生の中に、一人だけ男子がいました。彼と私はすぐに意気投合し、近くの東寺とかに写生に出かけて、熱心に絵を書いていました。また先輩の優しい指導のもと、貼り絵などにもトライし、数ヶ月間は楽しい中学校ライフを過ごすことができました。

夏休み前だったと思います。唯一の男子美術部員であり、親友となっていた”やっさん”は、急に美術部を退部しました。まだなんだかんだ言っても私は中学1年生でしたから、友人を引き止めるようなおせっかいな方法が思いつきませんでした。女子部員だけとなった美術部に私の居場所がなくなったので、程なくして私も退部したと記憶しています。

その頃位からだったと思いますが、徐々に私に対するいじめが再発し出しました。それでもまだ最初のころは、ちょっとからかわれたりする程度で、痛くもなんともなかったと思います。

月日は流れ、2年生になったころ、いじめが本格的になりました。ただ、私に対するいじめもありましたが、圧倒的ないじめのターゲットになるのは、同じクラスのH君でした。彼のおかげで私に対するいじめは、さほどひどくなりませんでした。H君に対するいじめは、それはそれは常軌を逸するといえるほどで、狭い掃除用具入れロッカーに授業中閉じ込めたり、通りがかりにどつきまわすのは当たり前、しかも私を除く同じクラスの男子全員が、彼を殴ったり、けったりしていました。一番ひどかったのは御尻の穴に小石を詰めるということもありましたし、窓から授業開始と同時に教科書を外に投げるとかいうのもありました。
彼は泣き叫びながら抵抗していましたが、それが返って面白いのか、いじめっ子はより過激になっていきました。

H君のいじめはあまりにエスカレートし、学校の問題として認知されていたと思います。ある日、私は女性の担任の先生に呼び出されて、

「ChiChiさん、H君を守ってあげて。あなただけがH君をいじめていないのは分かっています。あなたが守らないとH君があまりにもかわいそうで・・・」

泣きながら先生は私に頼みました。その時代はいじめで子供が自殺するという概念がなかったので、単にかわいそうだという認識にしか生徒も先生も考えていなかったと思います。
もちろん、私も「はい、そうですか」なんて言えませんでした。
そもそもH君をかばえば、私に報復がくるに決まっている。なんせ、彼が学校を休む日は、私がクラス中からいじめを受けるので、H君には感謝しているが、だからと言って、毎日いじめを受けるのは耐え難い。

H君は結局、私や担任の先生の救いを受けずに耐え続け、3年のクラス替えの時に違うクラスになりました。おそらく2年生の時のようないじめは、次第に収束していったと思います。

(きっと続く)

 

 

 

 

 

 2006/12/4 

 

№564_いじめられっこ3

 

 

 

(前回のお話の続きです)

私に対するいじめは中学3年生になっても続きました。
そのころには、いじめが来るな来るなと思うと、確実にいじめられるようになりました。それでも、いじめが常軌を逸するようなことはなかったように記憶しています。ひとしきりパターン化され、私を適当にごついては走り去って行くか、からかいの言葉を浴びせるか、教科書やノートを取り上げて、返さないかのどれかだったと思う。今の時代のような陰湿ないじめを考える能力や携帯電話のようなアイテムもなかったので、学校を離れてしまえば、いじめからは完全に脱出することができた。

そして、いじめはなかなかなくならなかったが、いじめられても確かなものが私にはできた。それは友人である。2年生から徐々に友人ができ、3年生になると、いじめっ子の数より友人の方が増えた。帰宅時間になると、友人と帰ることが増えたので、いつものように放課後になると、数名のいじめっ子が私を取り囲み、いじめを始まるが、友人も私のいじめられているのを待つようになっていた。もちろん、いじめを止めることはないが、待ってくれているだけでも心強いことには変わりがない。なぜいじめを止めないのかは私とて意味を知っているので、助けを求めない。
いじめられている最中、

「もう少し待ってや。あと5分くらいでいじめが終わるから・・・」

と私は泣きそうになりながらもいじめに耐えながら、待ってくれている友人に声をかけた。

「早く終わってや。こっちはだるいんやから・・・」

と、友人は私を励ましてくれる。

「すまんなあ、Aよ。もう少しで終わるからなぁ・・・」

と、いじめっ子も私の友人に挨拶する。

そんなある日、お昼休みに私がいじめられていると、やっさんが私の横を通りがかった。やっさんは中学校一番のワルに転進していた。そう、彼は私と中学1年の時に女子しかいない美術部に入部した唯一の男子で、当時の私の親友だった。
やっさんは学校ではシンナーを吸うし、風貌も一番最先端を行くヤクザのような格好をしていて、おそらく先生までもが恐れていたに違いないと思う。
私をいじめているヤカラは決してワルではなく、極めて普通の生徒だ。その彼が私のいじめられている横を通ったのだ。やっさんは私との美術部時代を忘れたかのように、既に次元の違うところに行ってしまったが、確かにその時は感じたのだ。私をいじめている奴らを睨んだのだ。もちろん、私には視線ひとつ向けなかったが、やっさんのささやかな私に対する援護射撃だったに違いない。

その瞬間いじめは止まった。

いじめは未来永劫なくならないだろう。しかし、私は友情も未来永劫なくならないと信じている。決してドラマチックなこともない中学校時代でしたが、いじめが私に教えてくれた友情は確かな記憶として43歳のおじさんになった今でも行き続けている。

(オシマイ)

 

 

 

 

 

 2006/12/5 

 

№565_四方山話

 

 

 

★hp納品間近?

hpから明日以降、パソコンが発送されるという知らせが来た。
在庫がなかったようなので、発注からかなり経ったが、ようやくこれで安心できる。
実は、今のシステム環境ではできない(こともないが…)仕事を受注しました。
ほぼ、フル3Dで作図しないといけない仕事で、しかも、レンダリングもかけるので、
今のスペックではおぼつかない。
さて、パソコン到着までに、CPU切替機を用意せねば。



★不愉快な出来事

昨日は不愉快な出来事がありました。
でも、現時点でブログには書けないような内容なので、控えておきますが、今の日本の醜さを象徴するような出来事だったと感じています。

昨日まで、私のいじめられた経験談を書きました。別に記憶の隅に仕舞い込んでいる話なので、今となってはなんらシコリもない話です。私にとっては楽しい思い出となっています。ところが今の大人の社会はいじめの構造がはびこっている。

強者が弱者をいじめるという構造。

強者は何をもって弱者をとことんいじめ落とすのか?私は理解できない。相手に対する思いやりの欠片もない人が多すぎる。

法を守るのは損と思う非常識な大人、ゴミを平気で車の窓からほかす大人、救急車をしょちゅう呼んで近所に迷惑をかける大人、ゴミ出しの日の前からゴミを出す大人、しかも捨ててはいけない消火器や大きな刃物を捨てる大人、お年寄りを恫喝する公務員、なんとしても繋がらせたくないと思っているケイオプティコム(現eo光)!

非常識な大人たち、そろそろ目を覚ましてください。