心(manas)=統覚機能(buddhi)

manasは、漢訳仏典においては精神作用の総称としての「意」。
シャンカラにとって心は、作用は持つが精神性のない物質である。
自ら光り輝き、不変不動である純粋精神なるアートマンが、物質である心に反映(アーバーサ)することによって、心は「アートマンと似たもの」になり、今度は作用と精神性を持つ知覚主体のごとくに顕現(アーバーサ)するのである。

シャンカラが、「アートマンは知覚主体である」と語るとき、それはアートマンが知覚活動の主体であるということではなく、不動で、自ら輝く純粋精神であるアートマンの映像が、心の諸観念に宿っていることを表す。

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