東京・大手町の高層ビル街を見下ろす面談室には、重苦しい静寂が支配していた。
転職支援の任に就いたばかりの井野真々子の前に座る若者――食品商社に身を置く二十代の営業マン、山口彬宏の瞳には、過剰なまでの自負と青臭い野望がみなぎっていた。
「もう、今の会社で学ぶことなど何もありません。私ほどの能力があれば、どの企業へ行こうと即戦力として重宝されるはずです」
山口の言葉には、己の現在地を冷徹に見つめ直す謙虚さは微塵もなかった。社会という巨大な機構の歯車にすぎない己の分限を忘れ、若さという儚(はか)ないカードを万能の通行手形と信じ込んでいるのだ。
「そんな浅はかな認識では、どこの組織へ行っても通用しません。もう少し、大人になりなさい」
井野の一言は、山口の無根拠なプライドを容赦なく打ち砕いた。一時は激憤した山口であったが、厳しい現実に打ちのめされる中で、己の慢心と青さを恥じ、激しい自責の念に駆られていく。
自らの虚栄を削ぎ落とし、泥臭い現実に足をつけてこそ、人間は真の成長を遂げる。井野の叱咤は、若き挑戦者の目を醒まさせる鋭い警鐘であった。
いま、人材市場を賑わす「第二新卒」という曖昧な記号。法律上の厳密な定義を持たぬその言葉は、労働市場の需要と供給を調整するために生み出された都合のよい符牒(ふちょう)に過ぎない。
転職マンガ『エンゼルバンク』を題材に、「転職デビル」の名で知られる転職アドバイザー・安斎響市氏が「転職のリアル」を解説する連載「『エンゼルバンク』で学ぶ転職のウソとホント」において、転職代理人・海老沢康生が「第二新卒とは、企業にとって便利な蛇口である」と断じたように、そこには組織の冷酷な帳尻合わせと、人材をいつでも開閉可能な水流のごとく扱う構造的企図が潜んでいる。
新卒社員が逃げ出した後の空白を埋め、過酷な現場へと投じるための「都合のよい駒」として消費される罠も、また厳然として存在する。
しかし、組織の業(ごう)と利害が渦巻くこの隘路(あいろ)においてなお、己の現在地を正確に把握し、虚妄の希望を捨て去った者だけが、確かな地歩を固めることができるのだ。
「この採用枠は、事業拡大のための果敢な投資か。それとも、使い捨ての欠員補充に過ぎないのか――」
面談室の硝子窓越しに見える巨大なビル群は、欲望と冷徹な資本論理の果てに佇んでいる。己の未熟さを噛み締め、甘い言葉の裏に潜む組織の思惑を鋭く見極めた者だけが、キャリアという名の苛烈な戦場において、真の牙城を築くことができるのである。