ご無沙汰しております。秋さくらです。
書きたい記事もまだまだあるし、やりたいこともまだまだあるのですが、とりあえず目の前の生活に時間を使う日々です。
引っ越しをして一週間が過ぎました。
秋の気配が気持ちよくて、日々バタバタしながらも「しあわせだな~」と過ごしています。
さて。
書きたい記事の一つ、「離婚について」を今日は書きたいと思います。
といっても、ああなって、こうなって、そうして、こうした。という話ではなくて。
親との関係と離婚、という観点で書いてみます。(うまくまとまるかな~)
離婚しました。
一般的に離婚は「スッキリする」反面、「不幸な出来事」というイメージもありますね。
しなくていいならしないほうがいいこと。
確かにそうだし、実行した私自身も、そう思います。
ただ、実行して私はしあわせです。
それが空元気とか開き直りとかではないのは、「離婚したからしあわせ」なのではなくて「離婚してもしあわせ」なのでもなくて。「離婚に関係なく、気づきがあったからしあわせ」だからです。
時期が重なり、気づきのために離婚というファクターも私には必要だったけれども、そのファクターが必要な方の方がほとんどなのですね。
何に気づいたかというと「私は両親からしあわせを願われている」ということに気づいたのです。
まあ、もちろんそんなことは知ってはいました。
でも飲み込みたくなかった。
どうしてもしあわせになりたくなかった。
十数年かけて、私は両親に当てつけのつもりで、しあわせから遠ざかり続けたような気がします。
子どものしあわせを願うのは、どこの親でも同じこと。
当然、私の親も、そうでした。
うちの場合は徹底していて、「親孝行なんてしなくてもいいからその分を子どもに使いなさい」と言っていました。
それはつまり、両親がそのように私たちを育てたという証です。
自分たちの親(祖父母)よりも、子ども達(私たち姉弟)を優先して。
もちろん自分たちよりも、子ども達を優先して。
そのように育てたのですね。
私はそれが嫌だった。
優先しすぎだと思っていました。
何もかも、自分のしあわせも、親孝行も、何もかもに回すものを全て私たちにつぎ込んでしまうその生き方に納得が出来なかったのです。
その割に届くもの(愛情の形とか、物品とか)が私の気に入らないものだったというのも大きいですね。
そして何より、私はそんな生き方をしたくなかったのです。
つまり、子どものために自分を犠牲にするような生き方を、です。
自分がそれをされて嫌だったから、子どもにはそんな生き方を伝えたくはなかった。
のびのびと、自分らしく、自分のしあわせを自分で掴む人生を、歩みたかった。
子どもの頃、両親はうまくいっておりませんでした。
だから私は、両親の離婚を願っていました。イライラしてばかりいるなら別れればいいのに、と思っていました。
しかし母は「お姉ちゃん(私の姉)が、『私たちは両親揃って育てられる権利がある』と言ったのよ」と言いました。この話は、私自身が離婚を迷っているときに聞きましたが、その当時から「子どもがいるから、子どものために離婚しない」とまだ小学生だった私に母は言っていました。
自分が離婚するかどうかで迷っていたとき、たまたま姉に「私、親が離婚すれば良いと思っていたの」と言ったら、当の姉は「私も思ってた」と言いました。
あれ?
母の話と違う。(^_^;)
もちろんどっちも本当でしょう。母はインパクトの強かった言葉だけを覚えているのかも知れません。
どちらにせよ、記憶なんてそれくらい曖昧なものだと思いました。
私の思いと、母の思いと、姉の思いと、そしておそらく父の思いと弟の思い。
全てが交錯していたのでしょうね。
力が抜けましたね。
結局離婚を決めたのですが、その後から、色々な思いを抱えながら親は私にしあわせになって欲しかったのだと、改めて思いました。
子どもの頃、間違いなく私はしあわせを願われていた。
親自身を犠牲にしてというのは、今でも私は嫌いです。
でももしかして犠牲にしている感覚は親にはなかったかも知れないし(深層意識では知りませんが)、起きたことは変えようがありません。
私が両親の離婚を願っていた側で姉の言葉一つで離婚しなかったのかと思うと腹が立つ出来事も、姉も同じことを願っていた時期もあってそれでも両親は離婚しなくて今は仲良くやっていると思うと、それで良かったのだと思いました。
長年抱えていた「親が離婚しなかったことへの恨み」が私の中では渦巻いていて、それがもしかして今回の離婚の大きな原因のひとつかも知れません。
(普通であれば「普通」のことで、恨みに思うことでもなんでもなくて、むしろ感謝とかほっとすることかも知れませんが、私は親が離婚しなかったことを恨みに思っていたのですね)
しかし実際に離婚を決めて、実行しているその頃、私の中に入ってきたのは「しあわせを願われている」その愛でした。
おそらく、両親は「子どもを大切に」と口では言います。この場合の子どもは、私の子どもで、両親にとっては孫ですね。
それが良いことだと疑わず、その言葉に傷つく人がいるなんて思いもしないでしょう。
ずっとずっと私は、そう言われる度に、私自身のしあわせを犠牲にしろと言われているようで辛かったのです。
両親はそうしてきた。
でも私は、そうする必要はない。
両親の生き方と私の生き方は違うのですから。
けれども、一つ私は読み取り損ねていたことがありました。
それは「今も変わらず両親は私のしあわせも願っていてくれている」ということでした。
そこを読み取り損ねている間は辛かったけれども、そこに気づき、受け入れる気になったとき、ドミノが倒れました。
今までの両親との間の出来事が、全てひっくり返って、光に包まれた気がしました。
私と両親の間にはお互いの言葉が足りず、(特に私が)多くの誤解をしてきたようです。
「子ども達のしあわせを一番に考えろ」の続きには「私たちはお前のしあわせをいつも考えているから」という言葉が隠れているのですね。
今も変わらず、私は両親の子どもであり、私が私の子ども達のことを考えているその隙間は、両親が埋めてくれるつもりなのでしょう。
ありがたいと思いました。
「先の世代のために前の世代は犠牲を払う」という価値観を、この家系は伝えてきたのでしょう。
かなりゆがんで伝わっていて、自己犠牲こそ花と思っている人も家系の中には多くいたかも知れません。
でも、私は気がついた。
この言葉は自己犠牲を強いているのではなくて、「そうやってあなたもその親にしあわせを願われていて、それを受け取ってもいいのですよ」と伝えてくれているのです。
そのまま、受け取ろうと思いました。
そして初めて、私は安心に包まれたのです。
離婚は、そりゃ、両親はどんなに納得がいかなくて悲しいだろうと思う。
今は一番若い世代である、孫達(私の子ども達)のしあわせに影を落とすように見えるだろうし、そういう側面ももちろんあります。
でもそれでもなお、私自身のしあわせを願われていることにも変わりはないのです。
そうやって、私より上の世代みんなの願いを受けて、私はしあわせでいなくてはなりません。
何があっても、大安心としあわせの中を、生きていなくてはなりません。
それは権利でもあり、義務でもある。
そしてそのしあわせを先の世代へ繋いでいくこともまた、義務でもあり、権利でもあるのでしょう。
今は、そう思っています。
この文章で、うまく伝われば幸いです。
ありがとうございます。
ありがとうございます。