先日紹介したセラピスト・このはなさくやさんの、カウンセリングを受けました。
紹介した記事
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しあわせになるために、一番必要なこと。
http://ameblo.jp/ac-akisakura/entry-10579152815.html
このはなさくやさんのメインサイトはこちら
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http://www.konohanasakuya1.com/
短い時間でしたが、私がそのとき一番気になってたことを聞いていただきました。
私自身が「男性に心を開くことを怖がっている」ことについてです。
ずっと、怖がっていたのです。
だからおそらく心を開いたことはほとんどありません。
開いているように見せかけて、奥の方で扉を閉じていました。
その大きな理由のひとつに、小学生の時に受けた痴漢の経験があります。
私の体重(当時小学校2年生くらいですから、かなり軽い)をものともせずに持ち上げた男性の手。
若い、優しそうな、ひょろひょろした、およそ力のなさそうな男性にもまったく適わないという事実。
地面に押さえつけられたときの、のしかかられる感覚。
暴れてもなんの効果もない現実。
数十分後、自宅で用を足したときに傷む(多分雑菌が入った)その傷みと、下着から落ちた砂。
それらが心の奥底でずっと居座っていて、男性に心を開けずにいたのでした。
それが怖かったという以上に、「私には女性として価値がない」「私は汚い」「私には性欲処理という意味での価値しかない」と思い込んでいたことが、大きかったように思います。
数週間前にそれに気づいてから、逆に痛みが増幅されていました。
とにかく怖い。男性が怖い。(女性も怖いけれど、カウンセリング前はとにかく男性に心を開くのが怖かったです)
その怖いままで、「主人とどうしていこうか」と悩むものだから、当然答えは出ないわけです。
そんな状態で受けたカウンセリングで、このはなさくやさんはおっしゃいました。
「痴漢は無意識にあなたのエネルギーが欲しかっただけであって、あなたを辱めようとか思ったわけではない。むしろそのセクシャリティはあなたのギフトですよ」
はじめ、ぴんと来ませんでした。
セクシャリティ???
私、小さいときから女性として価値がないとずっと思っていたのですけど?
小さいときから「かわいい」なんて言われたことほとんどなかったですけど?
「女らしくない」「お前には恋人は出来ない」「女は結婚なんてするもんじゃない」「お姫様に憧れるなんておかしな子だ」等々……。
思い出す限り私の女性性が「強い」または「輝いている」などと言われたことはないのです。
でも、痴漢はそれに惹かれて、つい手を伸ばしてしまったのだとおっしゃる。
?つまり、私のセクシャリティを認めろ、ということ?
数日悩んで、むしろそれよりも大切なことは「つまり私は女性でいても良い」ということの方だと思いました。
一気に何かが外れたような気がしました。何か足下を縛ってた鎖というか、周りに枠を作っていた箱というか、そういうものが外れたような気がしました。
「認める」もなにも、セクシャリティはみんなにあるものであって、私にだけないわけではないのです。
それだけです。
ところが私ときたら、自分が女らしくないから女性として価値がないと思い続けていたのです。
特に女性として精神的に価値はないと思ってたから、純粋に性欲処理にしか役に立たないと思っていました。
痴漢は私を性欲処理に使いたかったのだろうと思っていたからですね。母が言った「人間の男は年中発情期だから気をつけなさい」という言葉も、思い込みに拍車をかけていました。
どれもこれも思い込みに過ぎないのですが、小さい頃の思い込みって強いですね。
その頃から男の子に間違われることもあるやんちゃな子でしたから(スカートをはいてたのに男の子に間違われたことがあるのはショックでした)、もう女性としての価値はないのだと思い込んでいたのですね。
女性としてのメンタル的な面やエネルギーという意味での価値がないと思い込み、メスとしての価値しかないと思ってた私は、男性との恋愛関係ではちゃめちゃを繰り返しました。
私の中で狭い意味での「性」はとても重要な意味を持っていて、つまりそういう関係がなければ自分には価値がないと言われているのと同じだったのです。
でも男性みんなが、下半身で生きているわけではありません。
というかそんな男性に出会ったことはありません(^_^;)
みんなとても素敵な方で、頭が良かったり、感受性が豊かだったり、情緒豊かだったり、知識があったりしました。
そしてみんなそれぞれ、私の「自分で女性性を押し込めているところ」に違和感を覚えたのだろうと思います。自分で認められない女性としての価値を、男性に認めてもらうことで、私は精神のバランスを保とうとしていました。
でも自分で認められないものを人に認めてもらうのは無理です。はじめはよくても、長くは続きません。
いつも恋愛がうまくいくのは最初の数週間、その後は、それこそ身を切られるようにお互いが苦しみながら数年おつきあいするのです。そういう恋愛をしていました。
主人ともそうでした。結婚してからも、そうでした。
でも、もうわかりましたから。
私が何を恐れていたのかに、気がつきました。
そして、その恐れよりも奥にある恐れを、このはなさくやさんが引っ張り出してくださいました。
「あなたが恐れているのは、あなた自身のセクシャリティの輝きではないですか?」
あぁ、そうです。
おっしゃるとおりです。
未知のものを恐れる心そのままに、私は自分の女性性を解放することを恐れていました。
痴漢に遭ったのは、第一次成長期が終わったところ。性差のない「子供」から「女の子」になった時期でした。
男女七つにして席を同じゅうせず、と言われます。まさにその頃、私たちの体と心には性差が生まれるのですね。
実はもう一度痴漢まがいのことを受けたことがあります。
高校生の頃、電車で座っていると隣に座ったおじいさんが私の足に手を伸ばしてきました。スカートから覗く生足です。
「あったかい」といってにこにこしながら触っていきました。
私はそれがぼけているおじいさんなのか、正常なおじいさんなのかわからず、嫌とも言えずに数十秒固まっていました。
それもおそらく同じですね。
第二次成長期が終わった頃の出来事です。
私自身が自分を女性らしくしたくないと思い、一人称は「俺」を使い、普段はスカートをまったくはかず、ファッション雑誌も興味がなかった頃です。
女性性の表し方がゆがんでいました。
そんな行動をとりながら恋愛はしましたし、性欲もありました。
「女性らしくしないから、女性として見て欲しい」という訳のわからない要求を心の中に持っていました。
それはその後もずっとありました。
私の隠れた女性性を、どうか誰か引っ張り出してください。そう思って恋愛をしていました。
結果的におつきあいした数人や、それ以外に関係を持った男性達は、その要求を心のレベルでかなえようとしてくれました。
それでも叶わなかったのは、私自身が目覚めていなかったからに他なりません。
私は、女です。
こんな簡単なことが、ようやく認められるようになりました。
今まで、自分は女の出来損ないだとずっと思っていたのです。その苦しみは20年以上続きました。表面化してからでも10年以上ですね。それを、今、手放します。
長い苦しみでしたが、もう手放します。
私は、女性として生きてもよいのです。というかそれが当たり前です。長い長い第二次成長期が終わったのかも知れません。
これからゆっくり、自分の女性性を育てていきたいと思います。
長い物をお読みいただき、ありがとうございました。