会って少し話をしただけで後味の悪い相手ややたら人を支配したがる人に出会うとフラストレーションを感じます
それは依存傾向にある人の会話というものは相手をコントロールしようとする傾向があるからです
私も含めて共依存というのは、誰しも多少は持っていると思います。
上で「共依存」という言葉を挙げましたが、状況を客観的に判断するための描写方法としてこの言葉を使いました。
共依存を定義するのは難しいですが、重要な共通要素として
「他人をコントロールできないがゆえに感じるフラストレーション」
というのがあります。
これは社会生活を送る以上は誰もが多少経験するものですし、ましてや依存傾向のある人を相手にしていると、誰もが共依存的になってしまうと思います。
そういったフラストレーションを感じる時、元々共依存傾向のある人は、さらに相手をコントロールすることで問題を解決しようとし、さらに問題に自分を絡め取られてしまう展開になりがちです。
例えば、掲示板やブログでもこういうやりとりを見た事があります
ある質問に対する応答で管理人さんやトピ主さんに向かって
「皆さんのアドバイスちゃんと聞いてないでしょ」や「コメント返さないんですか?」 「質問に対してきちんと納得できるような回答をして下さい」などと腹を立ててしまうのもやはり共依存の一種かと思います。
その言葉が本当に相手を思ってのものでなかった場合、なおさらです
なぜ共依存という言葉を持ち出すかというと、他人の問題に関わって感じるフラストレーションというのは、そのフラストレーションの原因である相手が問題なのではなく、そのフラストレーションを感じる当人の問
題だということに気付いてほしいからです。
相手をコントロールすることで、そのフラストレーションに対応しようとすると、フラストレーションはますます高まるばかりで、解決にはならないことがほとんどですから。
こんなこと書き綴ってる私自身も多少共依存傾向があるんでしょうね。
でも、共依存傾向のある人間だからこそ、こういった概念を軸にでも使わないと中々自分と他人の境界線を上手く引けないような所があるのかと思います。
共依存傾向にある相手と関わる場合、どこまでが自分の問題でどこまでが相手の問題なのか。その境界線をきちんと引けないと、依存傾向のある人との付き合いというのは、そういった共依存のフラストレーションに陥りがちかと思います