私たちは自分の受け取っている感覚しかわかりませんから、他の人も自分と同じように受けとっているだろうと思い込みます。


しかしその受けとめ方はひとりひとり異なっているととらえるのが当然です。同じバラの花をみても、その美しさをどの程度、あるいはどのように感じているかは各自違うはずです。


同じ人であってもその時の気分次第でその感じ方は違います。心がはればれとして幸せなときに見る景色と、暗く打ち沈んでいるときに見る風景がちがうようにです。

  味も同じです。その感じ方は人みな異なっています。でも、その美しさや味わいを言葉に出す時には「美しいね」「おいしいね」と同じ表現になります。「美しいね」という言葉の内容には、生き生きと美しさをとらえて言う人もありますし、ただ写真を見ているような感じで言う人もいます。心の感性とはこれほどの違いがあるのです。

心の交流とはこの感性を共有するということでもあります。


人間関係でむずかしいのは、自分の話している内容や思いがちゃんと相手に伝わっていると思っていても、まるで相手の心には届いていないという場合が結構あるのです。多様な人間関係の職場などでは、このケースが多いのではないでしょうか。

  会話においては、自分が内面の心の問題を興味深く話していても、「そうね」という返答は返ってきていても、内心ではまるで心の問題など興味のない人もいることを知ることが大切です。


人のなかには、「どこそこのラーメン屋がおいしかったね」といった表面的な会話を楽しいと思っている人も多いのです。心の感性は人によってかなりの開きがあります。