どんなに頑張って自分を変えたくても、自分の殻は案外硬くてね。
それはほったらかしてた角質の様で、柔らかい部分ってのは中々出てこない。 

普段から柔軟でない人間が、すぐに困った時だけ柔軟になれる訳ないよね。
これは自分自身の怠慢が生んだものだと思う。
でも普段からそんなに自分のこと完璧に見抜いてる人間なんていないよ、ほんと。

これを期に自分を見つめなおしたい。



どうすればいい?

とか

なにをすればいい? 

とか

…これが一番厄介で、正確な答えが無い分何でも出来てしまう。 
言い訳も自在。



でも期限はなく生きてる間だけは無限に時間があるから焦らないようにして答えだしたいと思うよ。 

大切な事には変わりないし、出来れば一生大切にしたい訳で…
恋とかそんなんじゃなくて、どっちかというと愛な訳で…

課題は多いけど向き合えるように努力したいなって思うのよ。




君が好き。
もぅダメだって思ったりしたときに限ってまだ歩かされる。
諦める事なんて赦されないし、生きてる間は首に付いた鎖は一生取れない。

死んでしまわないと自由なんかないよ。 



なーんて…
自由にされることの怖さ知ってるくせに、すぐ僕はこんな事を言うんだよ。
自由なほど自分の責任がおおきいこと、判ってるくせに。 

本当は自由になんてなりたくないくせに。



結局人は歩かされて生かされてる方が楽なんだって。

だから生かされながら闇の中手探りであなたをさがすよ。 


できれば鎖を断ち切って、あなたに寄りかかって…しがみついて生きたい。
手のひらの間からすり抜けてくものに深追いしたってだめだよ。
人生は縁があれば何度だって出会える。 
しばしのお別れだって必要。
それが人を強くするし輝かせる。


たった1度の自分という人生には『何度』だって可能性がある。

たった100回悲しんだからって何?たった1000回絶望したからって何? 
…とは言えないけどね。

でもたった1回の喜びや幸福感は1000にも2000にも勝るかもしれない。

ただ、その喜びはどこに来るかもわからない。
自分が幸せを感じる気がなければ、通り過ぎる風のように消えていってしまう。


人は自分に無関心では生きていけない。
人に依存するんじゃなくて自分を一番に考えて欲しい。
そうすれば離れていった縁に執着しなくても出会いはかえってくるよ。



…って友達とのお話でした。
人の言葉が持つ『プラスの力』を使ってね。


傷ついていい人はいないよ。
傷つけていい人もいないよ。

自分が傷ついたからって、誰かを傷つけていい理由にはならないから。。



イラッとするときもあるよね。 

だけど相手は自分じゃないんだから、伝えたいことの3割伝わったら十分だと思うの。 
全部を理解できれば言葉なんか要らないし、言葉の意味がなくなっちゃうでしょ?

誤解だってケンカだってひとつのスパイスじゃない。
人生においては。



自分が傷ついたからって、誰かを傷つけていい理由にはならないから。。

大事なことだからもっかい言っちゃった!
人生はきっと赦されることのほうが多い。 

だから誰かを赦すことも結構ある。。はず。


どれだけ相手を思ってあげれるかな?
支えてあげれるかな?
間違ってる時に教えてあげれるかな?
自分と違ったとき、相手を受け入れれるかな?

みんな自分じゃないから。
他人だから。

だけど他人だから理解しようと思える事だってある。
だから他人で悪いことなんて無い。
僕の場合、自分の一部のことなんて理解しょうとも思わないもの。

だから自分じゃないからわかりたい気持ちとか大事にしてほしい。


それを乗り越えて『赦せた』なら、きっと人は今より幸せになれると思う。