その頃僕は、
仕事を辞めたいと思っていた。
辞めたい理由はいろいろあった。
小売店を回る営業にやり甲斐を感じることができないとか、
自分の性格がいまの仕事に向かないとか、
自分は長男で、いずれは両親の面倒を見ないといけないのに、この仕事は北海道から九州までの営業所にいつ転勤になるか分からないとか、
だった。
だったら、初めからうちの会社なんか受けなければ良かったのだが、
沢山の会社を回ってこの会社を選んだのは、この会社に魅力を感じたからだった。
こうした事は全く予想していなかった訳ではなかった。
むしろ自分にとっては冒険だと分かっていたのだが、自分の中の弱さを変えたいと思ってこの仕事を選んだのだった。
だが、それは理想論で、
精神的に僕は限界を感じていた。
先輩達に仕事の悩みは相談できたが、辞めたいとは言えなかった。
この頃は4人で飲みに行くことはあまりなく、中井さんと二人で飲みに行く事が多かった。
ある時、中井さんとダンボに行った時に、
「あんたと飲みに行くと、心が落ち着ける。いろんなところで知り合った人と飲みに行ったけど、本当に心が落ち着ける人は10人いても、せいぜい2〜3人だ。でも、あんたは別よ。オレはあんたのいいところを分かっているけど、みんなはまだ知らない。そこはあんたが努力せにゃいかん。だから、頑張りなさい。」
と言われた。
自分の尊敬する先輩にそう言われた事は嬉しかった。
「ありがとうございます。頑張ります。」
「あんたは、他の人よりもっと大きくなれる人や。」
中井さんは笑ってそう言った。
中井さんは4月に結婚する事が決まっていた。
お相手は大学時代から付き合っていた人だった。
結婚するという事は、
中井さんが寮から出ていくという事だった。
つまり、これまでのようにしょっちゅう飲みに行けなくなる、という事だ。
ケイちゃんも言っていた、
「もうすぐ中井さんも結婚するやんか。そうしたら、今までみたいにみんなでワイワイ遊ぶこともできんようになるやんか。私もそろそろ結婚を考えたいし、せやから去年は本当に自分のやりたい事をいっぱいやってきたんや。ボーリングにしても、ゴルフにしても、今までやった事なかったのに、やりたいようにやってきたんや。でも、これからはそうはいかん。」
楽しい時間は長くは続かない。
そろそろ、いろんなものが変わろうとしていた。
2月の終わり頃に、
久しぶりに中井さん、小野田さん、細井さん、それに会社のナオミちゃんとケイちゃんのマンションで食事会があった。
ケイちゃんの友達のエイコちゃんも来ていて賑やかだった。
ケイちゃんが張り切っていて、中井さんの結婚のお祝いをして笑顔の溢れる宴会になった。
珍しくケイちゃんはハイペースで飲んでベロベロに酔っ払ってしまった。
「オマケちゃん、飲んでるか?」
「うん、飲んでるよ。」
「そっか、ならいい。オマケちゃんはうちのダーリンや。今日からダーリンって呼んでええか?」
「えっ、ダーリン?」
みんながそれを聞いて笑った。
「いいよ。僕はケイちゃんのダーリンな。」
「うふふ、私のダーリン。ダーリンもっと飲んで。」
「わかった。じゃあ、もう一杯。」
こんなに酔っ払ったケイちゃんを見るのは初めてだった。
ビール、日本酒、ウイスキーをずいぶん飲んで、僕も酔っ払ってしまった。
「今日は楽しかった。みんなハッピーになろうな。みんなハッピーになろうな。」
ケイちゃんが最後にそう言って宴会は終わった。
みんなでワイワイ楽しく騒いだ季節はそろそろ終わりに近づいていた。
そんな予感を感じていたせいか、いつも以上に飲んでふらつきながら寮に帰った。
一度は布団に入ったが、気持ち悪くて夜中に目を覚ました。
たまらず起き上がるとにトイレに行ってゲーゲー吐いた。
頭がガンガンしながら布団にくるまって無理矢理寝た。