数日前に見たテレビ番組の衝撃がいまだに僕の頭の中を駆け巡っている
NHKの宮澤賢治の特番だった
ずっと前から賢治の作品が好きだった
独特の世界観や美しい描写に魅力されていた
だが、難解な表現も多い作家でもあった
今回はそんなモヤモヤがスッと晴れていくような興味深い番組だった
賢治は明治29年8月27日
岩手県花巻市に生まれた
大正4年4月盛岡高等農林学校 ( 現 : 岩手大学 ) に優秀な成績で入学した
そして校内にある自啓寮に入った
一年後、賢治は部屋の室長として5人の新入生を迎えた
その中の一人が賢治にこう言った
「 私はロシアの文豪トルストイの小説を読み、その生涯を知ってトルストイのような生き方をしたいと思って盛岡に来ました。トルストイの生家は地主です。彼は最晩年に土地を全部百姓に与えて、自分は家を出て旅先で死にました。トルストイは百姓こそ人間のあるべき本当の姿だと言っています。」
賢治はこの青年の言葉に胸を打たれた
この青年が山梨県から来た保坂嘉内 ( ほさかかない )であった
嘉内は自己犠牲を理想としていた
賢治はその考え方に強く共感し
その後の人生に大きな影響を受けた
一年後、賢治と嘉内が中心となって4人で文芸誌アザリアを創刊した
二人の仲はますます深くなった
その夏、嘉内と賢治は二人だけで岩手山に登ることにした
山頂で日の出を迎えようと、夜中にたいまつを手に麓を出発した
柳沢の放牧場の辺り柏原に差し掛かった時
嘉内が夜空を振り仰いだ
「 柳沢のはじめに来ればまっ白の
銀河が流れ 星が輝やく 」 嘉内
「 照らしゆく松明の火の 明るさに
牧場の馬は 驚きて来る 」 嘉内
柏原に来た時にふいにたいまつが消えた
消えたたいまつのおきを嘉内と二人で代わる代わる息を吹きかけた
「 柏ばら ほのほたえたるたいまつを
ふたりかたみに 吹きてありけり 」
賢治
天の川がよく見える夜だった
途中、賢治と嘉内は岩場に腰を下ろし
銀河を眺めながら自分達の将来について熱く語りあった
トルストイや釈迦のように、世の中の人を救う道を
二人で歩もうと
この夜の銀河のもとでの誓いが
賢治にとってどれほどの喜びであったか
自らを犠牲にしてでも、世の人の為に尽くす
嘉内と二人で
どこまでもその道を進む
岩手山の山頂で迎えた日の出
賢治にとって人生の中で最も輝かしい夜明けであった
しかし幸せな時は長くは続かなかった
大正7年2月に出したアザリア5号
そこに載った嘉内の散文が思わぬ事態を引き起こした
嘉内は危険な虚無思想の持ち主だ
皇室に異を唱えているとして
と学校側に判断され2年生の3学期に退学処分となってしまった
嘉内は山梨に戻り、以後3年4ヶ月の間二人は会う事はなかった
つづく