仕事帰りに久しぶりにTUTAYAに寄って
何枚かCDを借りてきた

秋の夜長に早速その中から
大瀧詠一のベストアルバムを聴いた


自分にとって大瀧詠一は別格ともいうべき音楽家だった
彼のような音を作り出すアーティストは唯一無二と言ってもいい


ドン  マックリーンが「アメリカン  パイ」の中で
バディ  ホリーが飛行機事故で亡くなった時のことを「音楽が死んでしまった日」だと歌ったが

僕にとって大瀧詠一が亡くなった時は
まさしく「音楽が死んでしまった日」だったように思う


そんなことを思い出しながら彼の歌声を聴いていた
やはり何度聴いても素晴らしい声だと改めて思った
その中の一曲





街角にぼくはひとり
ぽつんと佇み
ビルとビルの隙間の
空を見てたら
空飛ぶくじらが
ぼくを見ながら
灰色の街の空を
横切っていくんです




あっこの曲!


本当に何十年ぶりに聴いた曲だった


そうだった
僕はこの曲をきっかけに大瀧詠一を知り
彼の音楽を聴くようになったのだ



彼の音楽を教えてくれたのは
酒場で知り合った女の子だった 


恋愛話をするうちに彼女が妻子持ちのサラリーマンと付き合ってると言う話をしてくれた
「不倫かぁ〜、それって良くないんじゃないかなぁ」

「うん、まあね、分かってるんだけど彼が可愛いくてしょうがないの。わたしとデートしてる時でも、ばれたらどうしようってビクビクしてるの。そこがまた可愛いくて」


女心というものは不思議なものだ
僕にはちょっと理解できない

彼女は特別美人というわけではなかったが
そこそこ可愛くて
わざわざ不倫などしなくてもすぐに彼氏ぐらい出来そうだった

恋愛話はやがて好きな音楽の話になり
更に盛り上がった

彼女はバッグから一本のカセットテープを取り出した

「これね、わたしの好きな曲をいっぱい入れて作ったカセットなの。聴きたい?」

「うん、聴きたい。どんな曲が入ってるの?」

彼女が説明してくれた曲はほとんど僕の知らない曲だった

「その、空飛ぶくじら、って面白そうな曲だね」

「うふふ、この曲にはね、わたしの思い出がいっぱい詰まってるの」

「彼との思い出かい?」

「そうじゃないよぅ、わたし高校生の時に缶詰め会社でアルバイトしてたんだ」

「缶詰め会社のアルバイト?それは面白そうなバイトだね」

「バイトは面白くないけど、一緒に働いてたおばちゃん達がいい人ばっかりでね、お昼の休憩の時間にみんなで持ってきたお菓子を分け合って食べるの。楽しかったなぁ」

「それがこの曲の思い出?」

「そうそう、仕事中に窓から見える外のビルをよく見てたの。そうするとこの曲が頭の中を流れて、あのビルの間にくじらが飛んできたらいいなぁ、っていつも思ってたの」

「君はいい娘だね」

「えっ、なんでぇ?」

「なんとなくそう思ったんだ」

「ふふっ、変なの」

「君と話してると楽しいよ」

「このカセット貸してあげる。今度会った時にまた返してくれたらいいから」

「ありがとう、楽しみだよ」



彼女から借りたカセットテープは
帰ってすぐに聴いた 
その中には大瀧詠一の
「A面で恋して」
「いとしのカレン」や
吉田美奈子の
「夢でもし逢えたら」
などが入っていて、聴く度にお気に入りになっていった


それからしばらくして
彼女に何度か逢ってカセットを返した 

「ありがとう。このカセット凄く気に入ったよ。大瀧詠一って最高にいいね」

「吉田美奈子の、夢で逢えたら、っていう曲も大瀧詠一が書いたんだよ」

「そうなんだ。この曲は前から聴いたことがあったよ。大瀧詠一の作る曲ってなんかロマンチックだよね」

「そうなのよ!分かってくれて嬉しいなぁ。だからわたし大瀧詠一が好きなのよ」


そんな感じで盛り上がった



ある日彼女がポツンと

「あのね、わたし彼と別れたの」

「そうなんだ」

「うん…」


僕は聞きたい事がいっぱいあったんだけど
黙って、ただただ彼女と酒を飲んだ…





彼女との思い出はそこで途切れている



結局恋愛には発展しなかったのだ

ただ彼女は僕に大瀧詠一の素晴らしさを教えてくれた




もうじき12月になる
この月にこの世を突然去ってしまった
12月の旅人

あの人とは
もう二度と会えない