僕がNのことを次に聞いたのは
25歳になった頃のことだった
街のショッピングセンターで偶然中学時代のクラスメイトにあった時だった
「懐かしいなぁ」
と昔話に花が咲いた後
「そういえばNが死んだの知ってるか?」
僕は頭を殴られたようなショックを受けた
「なんだって!Nが死んだって本当か?どうして死んだんだ」
「あいつ…自殺だったんだ。真夜中に車ごと港の堤防から海に飛び込んだんだ」
彼の話によれば
Nが海に飛び込む直前の夜中の1時ぐらいに
友人に電話があったんだそうだ
「いままでありがとう」
と言うNに
その友達は必死になってNが死ぬのを止めるように長い時間をかけて説得したらしい
だがNはその言葉を振り払うように電話を切って車ごと海に飛び込んだのだった
Nの葬式は見ていても辛いものだったそうだ
お父さんもお母さんも
みんな泣いていた
友達もみんな泣いていたんだそうだ
Nは東京の一流といわれる大学に入り
有名な企業に就職したらしい
いわば順風満帆の人生だった
なぜNは死を選ばなければならなかったのか
僕はその夜
家でNとの思い出を一つ一つ振り返った
中学の修学旅行のNの言葉
同窓会のことで電話してきたNと話した一言一言
Nの心の中をいろいろ想像しては
僕は何度も何度も泣いた
Nが望んでいたものは一流の企業で働く事でも
出世する事でもなかったのではないだろうか
Nは当たり前の
楽しい明るい家族関係を築いていきたかっただけではなかったのか
父や母に愛される為に
誉めてもらいたい為に
頑張り続けたのではなかったのか
そして彼はいつしか頑張り続ける事に疲れ果ててしまったのではないのか
中学校の卒業アルバムを取り出して見たNの写真は
笑っているのに
ひどく淋しそうにも見えた
あれから何十年という月日か流れたが
誰かが自殺したという話を聞く度に
僕はNの事を思い出した
あんな風に全力疾走するような生き方しかできなかったNは
悲しくも
せつな過ぎる
努力しない生き方を肯定する事はできないが
もしNがまだ生きていたら
「なぁ、人間ってさ いつもいつも頑張らなくてもいいんじゃないかな。ただ生きているだけでも それでもいいんじゃないかな」
そんな風にも言ってやりたいと思う
最近見たテレビ番組で
アメリカの有名な映画女優がこう言っていた
「泥だらけの水の中でもじっと耐えて、最後にきれいな花を咲かせる花があります。わたしはそんな蓮の花のような生き方がしたい」
その話を聞いた時
なぜか
バスケットボールを必死に追いかけていたNの横顔が
ふっと浮かんだのだった。