子供時代を含めて
人形というものにほとんど興味がなかった
ただ一度だけ親戚の家に行った時に見た西洋のアンティークドールが妙に怖かったことだけを記憶している
その頃僕はまだ小学生だったが
その人形は金髪で目は青くてきれいなドレスを着て
とても美しかったのだけど
いままで見たことのないような異国人の生々しさを感じたのと
リアル過ぎる造形が本能的に怖かったのだと思う
その時の怖さは
薔薇のトゲのように僕の心に刺さって消えることがなかった
大人になってからアンティークのものに興味が湧いてきて
洒落た雑貨屋を覗くのが好きになった
心の中の怖いという感情は
怖いけど見たい
見て怖さを払拭したいという感情に変わっていた
何気なくふらつく店の中に西洋の人形を見かけることがあった
そうした人形には独特の存在感があるのだが
子供の時に見たあの人形の雰囲気とは何かが違っていた
アンティークドールというものはもっと違うものかもしれない
そんな思いで専門雑誌を読んだこともあった
本当のアンティークドールというものは自分が思っていたよりも
もっと高価なものだということをそこで知ったのだが
実は僕の中のイメージとアンティークドールはかなり違うものだった
あれはいったい何だったのだろう?
悶々とした思いを抱えたまま時が流れた
ある時
本屋で何気なく手に取った雑誌に目を奪われた
それは日本の作家の手による創作人形で
ビスクドール(球体関節人形)と呼ばれる人形だった
あっ
これかもしれない
僕の中の記憶はいろんなものを見聞きするうちに少しづつ形を変えて増幅されてきたものかもしれない
だがそこに載っていた人形は不思議な体温を感じさせるような
ドキドキするような魅力を放っていた
怖いという感情の奥には
一度知ってしまったら目をそらすことのできないような魅力的な魔力が秘められているような気がする
人形というものは
もともと祭りごとをする時に
神様と人間の間の伝達を行う為に使われたのが始まりだという
つまり形を持たない神の意思を受けとる為のよりしろとして人形が必要だったのだ
人が人形に対して抱く怖れはそこから来ているのかもしれない。
