学生時代の友人に久しぶりに会って
ドライブすることになった
まだ夏の暑さには早く
風の爽やかないい季節だった
混雑した街のざわめきから離れるように車を走らせると
いつしか車は東に向かって走り続けていた
初夏の新緑もいいが
やはり潮の香りが懐かしく感じて
海を見たくなった
昔はよくその道の先にあるあの半島までドライブしたものだった
特に女のコを隣に乗せるとあの海に行くというのが僕のお決まりコースだった
別に定番コースという訳ではないが
僕の住む町からおよそ2時間で行けるそこは
お手軽な半日ドライブのコースなのだ
それにしてもあれだけよく行ってた割には
最後に行ったのはもう10年も前のことだった
1時間ほど走ると
そういえば半島の先端に向かう途中に
お気に入りの喫茶兼ビストロがあったのを思い出した
レンガ造りの洒落た外観のそこは海に面した場所に建っていて
テーブル席からはガラス張りの向こうに海を見ることができた
ここのご主人は画家で
アトリエ兼
料理好きの美人の奥さんの為のビストロの店
としてそこを建てたのだと聞いたことがあった
実際にそこのご主人の描いた絵が2階に展示されていて
お願いすれば見せてもらえた
その絵は海と船と少女がモチーフの暗い色彩を使った少し重い感じの絵で数点展示されていた
どちらかといえば渋い絵だったが
僕はその絵が好きで
その店を訪ねると帰りにいつもお願いして
絵を見せてもらうのが楽しみでもあった
たしかこの辺りだと思ったけど
とキョロキョロしていると見覚えのあるレンガ造りの建物が姿を現した
あった!
ここだ
店の名前は
「ミューズ」といった
だが建物はあの当時のままだったが入口は閉ざされていた
どうやら去年あたりから閉店したような事が入口に書かれていた
そうか閉店したのか
とても残念だった
自分好みのとてもいい店だったのに…
この店で彼女と海の見える席でアイスティを飲んだことを思い出した
遠くに大きな船が見えて
ユーミンの
「海を見ていた午後」
になぞらえてグラス越しに船を眺めたっけ
「
ソーダ水の中を貨物船が通る…」店内はゆっくり時間が流れるような落ち着いた空間だった
店名の
「ミューズ」
は芸術の神を表していた
ミューズの娘がヴィーナスだった
店を後にして僕は少し後悔していた
店じまいする前にもっとここに来れば良かった
センチメンタルな気持ちになって僕らはまた車を走らせた
僕は車の中にあった岡村孝子のCDをかけた
懐かしい曲が流れた
「ねぇ、この曲わたし好き。この『
女のコの性格って相手しだいで変わる…』って歌詞があるでしょ。なんかよくわかるの」「ふぅ~ん、確かにそうかもしれないね」
「わたしね、最近友達から『あなた性格変わったね』って言われたの」
「えっ?そうなの?どんなふうに変わったの?」
「なんかよく分かんないけど…ふふっ、悪くはなってないよ」
「それって僕のせい?」
「ふふっ、どうかなぁ」
彼女はうれしそうに笑った
「おい!どうするよ?」
「えっ?何が?」
「何が?ってさっきから話かけても返事しなくて、どうしたのさ?」
「あぁ、ごめん、ちょっと考えごとしててさ」
「いまから岬の先端までいこうか?」
「うん、それでもいいけど、この先の山の上にホテルがあっただろう。そこに行きたいな」
僕らは岬近くの道を少し外れて小高い山を登って古くからあるホテルに到着した
車から降りると眼下は180度のオーシャンビューだった
よく晴れて風の気持ちのいい日だった
潮風は爽やかな夏の訪れを乗せて僕らを歓迎してくれてるようだった
真っ直ぐに広がる砂浜に打ち寄せる白い波
青い海と白い雲の浮かぶ青空
「いい風景だな」
「あぁ男2人じゃ勿体無いな」
そう言って顔を見合わせて笑った
ホテルの中に入って展望台まで登ると更に素晴らしい眺めだった
半島の先端が一望できて海の遠くに水平線が微かに丸みを帯びているのが分かった
「夕陽がきれいだろうな」
「そうだよな。女のコと一緒に見たらいい感じになっちゃうだろうな」
「じゃあ夕陽になる前に帰らなくちゃな」
「まったくだ。お前に恋したらまずいからな」
「ははは、それだけは御免だ!」
「ねぇ、この『
クリスマスに二人で見た海が鮮やか過ぎて、どんな人とあの海へ行っても心が動かない…』って歌ってるでしょ。わたしこの海ってここの海じゃないかなって思うの」「そうかな?他の海じゃない?」
夕陽の見える海沿いの道で車を停めて
あの時彼女と海を見ていた
「ううん、きっとこの海よ。わたしこの歌の気持ちがとてもよく分かるの。凄くきれいな海、凄くきれいな夕陽、わたしずっと忘れないわ。もしいつか他の人ときても、わたし絶対にこんな風に感動しないと思うの」
彼女はそう言うと僕の肩に頭を寄せてきた
彼女はうっすらと涙を滲ませて目を伏せた
「
絵になるように生きて余裕を持てたら、もっとましな言葉の魔法かけてあげていたのにベイビー ベイビー うまくはいかないものね、あなたの痛み背負うほど、大きすぎる夢は歌えないけど歩くきっかけにして」
岡村孝子のあの歌を聴くと
あの時の会話が
今でも鮮明に甦ってきた
そうだった
あの辺りの道だった
あの時の気持ち
こんなところに
置き忘れていたんだなぁ。
