山をゆっくりと歩いていた
気持ちのいい温かいな午後だった
山は新緑に溢れ
風は爽やかで木々をゆらゆらと揺らしていた
その時小鳥たちが一斉に飛び立った
いまにして思えば
それが悪夢の始まりだったのだ
悪魔は突然空から襲いかかってきた
油断していた
全くの無防備状態だった
だが強烈な邪悪な気配に
本能的に体が反応したのだろう
身をよじってよけたおかげで最初の一撃は
頭をかすめて致命傷にはならなかった
右肩にチクリとした鋭い痛みを感じたかと思うと
次の瞬間
脳天まで貫くような激痛と共に肩から鮮血が溢れ出た
あいつの鋭い爪で一瞬にしてえぐらたのだった
しまった
まさかこんなタイミングであの悪魔が現れるなんて予想もしていなかったのだ
僕は絶望的な状況の中で必死にこの場を切り抜ける手段を模索していた
空を見上げると
悪魔は上空から僕の様子を伺っている
その姿は巨大な鳥に少し似ていた
そうだこの近くに簡易シェルターがあったはずだ
一刻も早くそこに行かなくては
あいつは空をゆっくりと旋回すると再び僕をめがけて急降下してきた
危ない
今度あいつの攻撃をまともに受けたら助からないだろう
僕は必死に転がりながら地面を移動した
あいつの降下曲線と僕の逃走直線が瞬間的に交差した
ギリギリで奇跡的に攻撃をかわしたと思った
その瞬間
左足のかかとに激痛が走った
やつが伸ばした爪が最後にかかとを切り裂いていったのだ
かかとからも血が吹き出した
もう駄目かもしれない
悪魔は狡猾に僕の逃走能力を少しづつ奪いながら狩猟をたのしんでいるようにも思えた
シェルターまであと10mほどだった
僕は最後に残っている力を必死に振り絞って這いずりながらなんとかシェルターまで辿り着くことができた
助かった
これでひとまず安心だ
あいつがこれで諦めてくれたらいいのだが
シェルターからは外の様子を見ることができない
だが上空をゆっくり旋回しながら時々地面近くまで降下しながら僕の様子を探っているのが感じられる
お願いだ!
もう諦めてくれ
祈るような気持ちで身を潜めていた
しばらくすると
強い風圧と共に奴がすぐそばに舞い降りた気配がした
こちらの様子をじっくり探っているようだ
息を止めて気配を悟られないようにした
あいつがこちらに近づく足音が聞こえた
いきなり入口を突き破ってあいつの鋭い爪が中をえぐった
初めの攻撃は当たらなかったが何度目かの攻撃が
僕の脇腹を直撃した
気の遠くなるような激しい痛みに堪えながら
僕は絶望的な気持ちになった
もう駄目かもしれない
しかしあいつはしばらく攻撃の手を休めて何か考えているようだった
しばらくしてあいつは空に飛びたった
良かった
助かったのかもしれない
奴はシェルターに手を焼いて諦めたのかもしれない
だがそんな希望はわずかな時間に
打ち消された
あいつは再び急降下すると
その鋭い爪でシェルターそのものをしっかりとつかむとそのまま空高く舞い上がった
なんという力なのだ
常識を超えた力に僕は震えるしかなかった
いったい僕をどうするつもりだ
どこか遠いところに連れて行こうというのか
しかしこのシェルターの中にいれば大丈夫だ
あいつも簡単には手を出せないはずだ
シェルターのわずかな隙間からかなり上空を飛んでいることが分かった
あいつは高い山の山頂近くまでくると更に高度を上げた
下は荒々しい岩だらけだ
奴は充分な高度までくるといきなりシェルターを離した
フワリとした浮遊感のあとに猛烈な速さで落ちていく恐怖を感じた
次に雷の直撃を受けたような激しい衝撃と全身に激痛が走った
僕はシェルターごと硬い岩場に叩きつけられたのだ
シェルターにはヒビが入り中の僕は衝撃で体全体が激しく傷つけられた
骨は砕けシェルターの中は血だらけだった
意識がもうろうとした
それからはこの世の地獄だった
あいつは再びシェルターを掴むと急上昇し
岩場に叩きつけるという行為を何度も繰り返した
3度目までは記憶があったが後はどれだけ叩きつけられたのか記憶がない
シェルターはボロボロに壊れ
原形をとどめていなかった
僕の体は激しく損傷し全く動けなかった
悪魔は動けない僕の前に
勝ち誇ったように舞い降りると
鋭く尖った口で
僕の頭を引きちぎって空に舞い上がった
僕は薄れていく意識の中で潰れたシェルターにぐちゃぐちゃになってしまった自分自身の体を見つめていた
僕の体は漫画のように手や足がありえない向きに曲がっていた
おかしな気分だ
頭と胴体が切り離されてもまだ意識があるなんて
悪魔は山の中腹にある洞穴まで飛んで中に入っていった
どうやらあいつの住みかのようだ
洞窟の中は意外なほど広く
そこには邪悪な姿をしたあいつの子供達がたくさん待っていた
なんということだ
僕はあいつらの餌として選ばれたのだ
悪魔の子供達は
僕の目玉や口を鋭いくちばしでつついて肉や血をむさぼるように食散らかていった
目玉に向かってくる鋭利なくちばしがこの世で見た最後の映像になった
あぁ
もう意識がなくなっていく…
なんという終わりなのだ
悪魔どもに血肉を食われて終わる人生なんて
あぁ
どうすればこんなことにならなかったのだろう…
もうそんなことさえ考える必要はない
もう僕は人間ですらないのだ
不思議なもので
もう視覚も意識もないはずなのに
僕は僕の肉片をつついている悪魔達を見ていた
しかも俯瞰で
あいつらの上から見ていたのだ
これが肉体から解き放たれた魂というものか
僕は洞窟から出ると空を漂った
自分で飛んでいるのか
風に吹かれて漂っているのか
それさえも分からなかった
だがそんなことはどうでもいい
僕はだんだんと薄くなって
風と空気と空に
徐々に同化していった…